原文:
「おかえりなさい、先生」
「ん、ただいま」
外と部屋の温度差にかけていた伊达眼镜が昙る。防寒具と一绪に外せば、すぐに弟子が受け取りに来た。
「うわ、冷たい。ずいぶん早かったですね」
「ああ、ちょっと変わった依頼でね」
聡明で覚えの良い弟子は、好奇心に目を辉かせて身を乗り出してくる。
「どんな依頼だったんですか? 难しい仕事ですか? 先生のことだからきっと难なくこなしちゃうんでしょうけど」
「うーん……。简単といえば简単なんだが……」
私はカウチにかけ、背もたれに身を预けると、腕を组んだ。
「あ、お茶淹れます」
「ああ、ありがとう」
弟子はしっかりと叶を开かせたニルギリを大きめのカップに注ぎ、たっぷりとベリーのジャムを入れた。
ジャムはかき混ぜず、数滴コニャックを落とす。暗杀の后、自分でロシアンティーを淹れていたら、黙っていても用意してくれるようになった。
独りも気楽でいいが、こうして部屋が温かくお茶が出てくるのも悪くはない。他者への依存は危険だと承知しているけども。
「で、どんな依頼だったんですか?」
まだ少年らしさの残る頬を赤く染め、话をせっついてくる弟子を目を细めて见る。
「君は本当に暗杀に兴味があるんだねえ」
「もちろんそうですけど、仆が兴味があるのは先生の暗杀技术なんです」
「先生の」を强调され、悪くない気分になる。
さて、话すべきか话さずにおくべきか。
别に隠すほどのことでもない気がする。相手が弟子ならなおさら。
私はしばし间を置いてから、おもむろに口を开いた。
「ねえ、君は仕事をした后に、チクリとでも胸が痛んだことはあるかい?」
「いいえ」
弟子は即答する。
「それがどんな相手でも?」
「ありませんね。死ねばただの有机物になる。それだけです。どう杀すかは大事ですが」
「なるほど」
よくも似た者同士が集まったものだと内心苦笑する。
「あ、スコーンもありますよ」
「いただくよ」
「はい、温めますね」
軽く温めたスコーンにクロテッドクリームを添え、ローテーブルへ。できの良い弟子を持つと、つい口が軽くなってしまう。
「じゃあ话そうか。依頼の内容はね……」
私は红茶を一口饮むと、穏やかに语り始めた。
女は両手を合わせ、床に膝をつくと拝むようにして言った。
——死神様。どうか私を暗杀してください。
私は言った。
——ご自分でご自分の暗杀を依頼されると?
——はい。あなたなら苦しまずに一瞬で杀してくださると闻きました。
私はしばし悩んだ。基本的にはこういった依頼は受けないようにしているが、私のところまで话が来るということは、よほどの伝手があるか権力者がついているかなのだ。颜を见られた以上、おろそかにするわけにもいかない。
女はなおも言い募る。
——どうかお愿いします。夫は杀され、最爱の息子は行方不明のまま生きているのか死んでいるのかもわからない。亡夫の実家は大変な资产家でしたが、夫も息子も失った私には居场所もなく、もはやあなたに依頼するだけのお金しか残っていないのです。
——わかりました。ですが、私に依頼する金と伝手があるなら、安楽死用の薬物を求めることなど容易いでしょう? なぜ私に?
——いえ、薬物は困ります。
女の声が低く沈む。
そこで私は気付き、警戒を强めた。
この女の発散する怨嗟の臭いに。
——……死神さん。私はね、冥土の土产に、夫を杀し、息子を夺った、あなたの世界一の杀しの技术を见たいのです。
女が铳を取り出す。スローモーションのような仕种だった。何という遅さかと逆に感心しながら、私は女の眉间を撃ち抜いた。
话し终わると、肩をすくめ、私はふうとため息をついた。
「そういうわけでね、依頼はきっちりこなしたけど、金をもらいそこねちゃったよ」
弟子はいつも通り、何も変わらぬ穏やかな表情で応える。
「それは仕事としては完全に失败じゃないですか。死神ともあろう人が」
「本当だね。このことはきみと私だけの秘密にしてくれるかい」
「はい」
弟子は冲撃を受けるどころか、眉ひとつ动かさない。素质があるとは思っていたが、ここまでとは。内心たいしたものだと感心しながら、私はスコーンにクロテッドクリームをたっぷりとのせ、口元へ运ぶ。
口に入れるとホロホロと崩れるスコーンと、浓厚なクリームがよく合う。ロシアンティーが渇いた喉に心地よくしみる。
「うまい、君の淹れる红茶は最高だ」
「ありがとうございます」
私と弟子は微笑み合った。
优雅なティータイムはどこまでも穏やかに进行する。
血の匂いなど、甘いジャムの香りで消してしまえばいいのだ。
「おかえりなさい、先生」
「ん、ただいま」
外と部屋の温度差にかけていた伊达眼镜が昙る。防寒具と一绪に外せば、すぐに弟子が受け取りに来た。
「うわ、冷たい。ずいぶん早かったですね」
「ああ、ちょっと変わった依頼でね」
聡明で覚えの良い弟子は、好奇心に目を辉かせて身を乗り出してくる。
「どんな依頼だったんですか? 难しい仕事ですか? 先生のことだからきっと难なくこなしちゃうんでしょうけど」
「うーん……。简単といえば简単なんだが……」
私はカウチにかけ、背もたれに身を预けると、腕を组んだ。
「あ、お茶淹れます」
「ああ、ありがとう」
弟子はしっかりと叶を开かせたニルギリを大きめのカップに注ぎ、たっぷりとベリーのジャムを入れた。
ジャムはかき混ぜず、数滴コニャックを落とす。暗杀の后、自分でロシアンティーを淹れていたら、黙っていても用意してくれるようになった。
独りも気楽でいいが、こうして部屋が温かくお茶が出てくるのも悪くはない。他者への依存は危険だと承知しているけども。
「で、どんな依頼だったんですか?」
まだ少年らしさの残る頬を赤く染め、话をせっついてくる弟子を目を细めて见る。
「君は本当に暗杀に兴味があるんだねえ」
「もちろんそうですけど、仆が兴味があるのは先生の暗杀技术なんです」
「先生の」を强调され、悪くない気分になる。
さて、话すべきか话さずにおくべきか。
别に隠すほどのことでもない気がする。相手が弟子ならなおさら。
私はしばし间を置いてから、おもむろに口を开いた。
「ねえ、君は仕事をした后に、チクリとでも胸が痛んだことはあるかい?」
「いいえ」
弟子は即答する。
「それがどんな相手でも?」
「ありませんね。死ねばただの有机物になる。それだけです。どう杀すかは大事ですが」
「なるほど」
よくも似た者同士が集まったものだと内心苦笑する。
「あ、スコーンもありますよ」
「いただくよ」
「はい、温めますね」
軽く温めたスコーンにクロテッドクリームを添え、ローテーブルへ。できの良い弟子を持つと、つい口が軽くなってしまう。
「じゃあ话そうか。依頼の内容はね……」
私は红茶を一口饮むと、穏やかに语り始めた。
女は両手を合わせ、床に膝をつくと拝むようにして言った。
——死神様。どうか私を暗杀してください。
私は言った。
——ご自分でご自分の暗杀を依頼されると?
——はい。あなたなら苦しまずに一瞬で杀してくださると闻きました。
私はしばし悩んだ。基本的にはこういった依頼は受けないようにしているが、私のところまで话が来るということは、よほどの伝手があるか権力者がついているかなのだ。颜を见られた以上、おろそかにするわけにもいかない。
女はなおも言い募る。
——どうかお愿いします。夫は杀され、最爱の息子は行方不明のまま生きているのか死んでいるのかもわからない。亡夫の実家は大変な资产家でしたが、夫も息子も失った私には居场所もなく、もはやあなたに依頼するだけのお金しか残っていないのです。
——わかりました。ですが、私に依頼する金と伝手があるなら、安楽死用の薬物を求めることなど容易いでしょう? なぜ私に?
——いえ、薬物は困ります。
女の声が低く沈む。
そこで私は気付き、警戒を强めた。
この女の発散する怨嗟の臭いに。
——……死神さん。私はね、冥土の土产に、夫を杀し、息子を夺った、あなたの世界一の杀しの技术を见たいのです。
女が铳を取り出す。スローモーションのような仕种だった。何という遅さかと逆に感心しながら、私は女の眉间を撃ち抜いた。
话し终わると、肩をすくめ、私はふうとため息をついた。
「そういうわけでね、依頼はきっちりこなしたけど、金をもらいそこねちゃったよ」
弟子はいつも通り、何も変わらぬ穏やかな表情で応える。
「それは仕事としては完全に失败じゃないですか。死神ともあろう人が」
「本当だね。このことはきみと私だけの秘密にしてくれるかい」
「はい」
弟子は冲撃を受けるどころか、眉ひとつ动かさない。素质があるとは思っていたが、ここまでとは。内心たいしたものだと感心しながら、私はスコーンにクロテッドクリームをたっぷりとのせ、口元へ运ぶ。
口に入れるとホロホロと崩れるスコーンと、浓厚なクリームがよく合う。ロシアンティーが渇いた喉に心地よくしみる。
「うまい、君の淹れる红茶は最高だ」
「ありがとうございます」
私と弟子は微笑み合った。
优雅なティータイムはどこまでも穏やかに进行する。
血の匂いなど、甘いジャムの香りで消してしまえばいいのだ。