一个博文
65回目の终戦记念日である。
戦争が终わったのか、戦争を终えたのか。前者だと时间的运命で何かしらの力が加わり、终わったという、ある种无责任さが加わる。ネガティブ(受动的)である。后者は自らの意思で终えたということになりポジティブ(主导的)である。
终戦记念日という言叶自体があいまいなイメージである。果たしてどんな终戦で记念なのか。
バンザーイなのか、やれやれなのか、チクショーのイメージなのか。记念日はアニバーサリー、后々の思い出に残しておくこととある。どちらからといえば良いことの记念が良い。败戦、终戦の记念は分かり辛い记念である。终戦の日で良い。
败戦记念日でもあるのだが、败戦だと戦争に负けるがネガティブ、ポジティブだと言叶が见つからない。あえて言うと放弃するであろうか。戦争自体がポジティブなので、败戦というネガティブな言叶と矛盾してしまう。
戦いを能动的に行わずして戦争と言えるだろうか。戦争をやらされたというような戦争はない。个人的な戦ならあるかも知れぬや、国家间の戦争ではありえない。戦争のネガティブな最悪な结末は国の破灭である。
先の戦いは原子爆弾が登场した最初で最后の戦争だろう。悪魔の兵器は、もう二度と使えないように封印されるだろう。それでなければ地球の破灭ということがあり得るので、こうなると人类の破灭であるからだ。
日本は植民地化されたことがない国なので、国の消灭のイメージがわいてこない。他国に自分たちの现在、未来を管理されるのだ。これは屈辱、恨みしかない。英国が発祥の帝国主义の时代とはこんなことが当たり前のようにまかり通っていた时代なのでである。
おそらく能动的に始めたであろう戦争を终えるには谢るしかない。武装解除して敌国に头を下げて谢罪するのである。これもおかしな话だ。例えばサッカーで、ボクシングで负けたほうが谢るなんていう话は闻いたことがない。
东京湾のミズーリー号甲板で行われた降伏调印文书に判を押す行为は何だったのだろう。両者の戦いをこれにて终えますという誓いの判なのか、あなた方に対しての数々の残虐な行为を谢り戦いを止めますなのか。戦争自体が残虐なので両者ともにおあいこだ。
作文では受动的な文章は荐められず、指摘される。能动的な文章が良いとされる。
素直に人に谢ることができる人は救われる。谢っても诚意のない态度、不真面目では谢らないほうがいい。アメリカ人は谢らないという。谢ると裁判で不利になるからという。
日本人は何かとスミマセンを使う。これは谢罪のスミマセンというよりお手数をかけますが、とかお世话様ですがというようなニュアンスであろう。时にはありがとうの时にも使ったりする。外人には理解できない相手に対してへりくだる态度の言叶だろう。
今朝の风は、昨日までの风と违い凉しい。海水浴もお盆までと言われたものである。それを裏付けるような风の吹き方である。名もなき兵士の英霊にスミマセンと夸りある戦死を再确认する八月十五日。
他这是想道歉还是不想道歉?大神帮我剖析一下他的思路,万分感谢!
65回目の终戦记念日である。
戦争が终わったのか、戦争を终えたのか。前者だと时间的运命で何かしらの力が加わり、终わったという、ある种无责任さが加わる。ネガティブ(受动的)である。后者は自らの意思で终えたということになりポジティブ(主导的)である。
终戦记念日という言叶自体があいまいなイメージである。果たしてどんな终戦で记念なのか。
バンザーイなのか、やれやれなのか、チクショーのイメージなのか。记念日はアニバーサリー、后々の思い出に残しておくこととある。どちらからといえば良いことの记念が良い。败戦、终戦の记念は分かり辛い记念である。终戦の日で良い。
败戦记念日でもあるのだが、败戦だと戦争に负けるがネガティブ、ポジティブだと言叶が见つからない。あえて言うと放弃するであろうか。戦争自体がポジティブなので、败戦というネガティブな言叶と矛盾してしまう。
戦いを能动的に行わずして戦争と言えるだろうか。戦争をやらされたというような戦争はない。个人的な戦ならあるかも知れぬや、国家间の戦争ではありえない。戦争のネガティブな最悪な结末は国の破灭である。
先の戦いは原子爆弾が登场した最初で最后の戦争だろう。悪魔の兵器は、もう二度と使えないように封印されるだろう。それでなければ地球の破灭ということがあり得るので、こうなると人类の破灭であるからだ。
日本は植民地化されたことがない国なので、国の消灭のイメージがわいてこない。他国に自分たちの现在、未来を管理されるのだ。これは屈辱、恨みしかない。英国が発祥の帝国主义の时代とはこんなことが当たり前のようにまかり通っていた时代なのでである。
おそらく能动的に始めたであろう戦争を终えるには谢るしかない。武装解除して敌国に头を下げて谢罪するのである。これもおかしな话だ。例えばサッカーで、ボクシングで负けたほうが谢るなんていう话は闻いたことがない。
东京湾のミズーリー号甲板で行われた降伏调印文书に判を押す行为は何だったのだろう。両者の戦いをこれにて终えますという誓いの判なのか、あなた方に対しての数々の残虐な行为を谢り戦いを止めますなのか。戦争自体が残虐なので両者ともにおあいこだ。
作文では受动的な文章は荐められず、指摘される。能动的な文章が良いとされる。
素直に人に谢ることができる人は救われる。谢っても诚意のない态度、不真面目では谢らないほうがいい。アメリカ人は谢らないという。谢ると裁判で不利になるからという。
日本人は何かとスミマセンを使う。これは谢罪のスミマセンというよりお手数をかけますが、とかお世话様ですがというようなニュアンスであろう。时にはありがとうの时にも使ったりする。外人には理解できない相手に対してへりくだる态度の言叶だろう。
今朝の风は、昨日までの风と违い凉しい。海水浴もお盆までと言われたものである。それを裏付けるような风の吹き方である。名もなき兵士の英霊にスミマセンと夸りある戦死を再确认する八月十五日。
他这是想道歉还是不想道歉?大神帮我剖析一下他的思路,万分感谢!
