原文如下
「言える。たとえ何がどうだろうと、君はいなくならない。俺は、君が好きだ」
「……嘘つきの、くせに。し、信じさせて、くれなかった……くせに……」
「――なら、信じさせてやる」
震える声で、震える瞳で、エミリアがスバルを拒もうとする。
言葉では伝わらない。態度でも、納得させられない。ならば、思いの丈はもはや、行動で示す以外には伝える方法が見当たらない。
だから、
「すば……」
「嫌なら、よけろ」
息がかかるほどの距離――否、息すら二人の間を遮れないほどの距離。
エミリアの肩に手を伸ばし、スバルは彼女に顔を寄せる。近付くスバルを見て、エミリアは瞳に戸惑いを浮かべ、体を硬直させた。
一秒、待つ。
振りほどかれるなら、そこまでだ。
「――――」
でも、エミリアは目を閉じた。
それが諦めだったのか、迷った末だったのか、スバルにはわからない。
「――んっ」
「――――づ」
互いの息遣いが絡み合い、エミリアが息を詰め、スバルが痛みに眉を寄せる。
小さく音が鳴ったのは、勢いで歯がぶつかり合ったためだ。疼くようなかすかな痛みを最初に味わい、しかしそれはすぐに強烈な熱の前に頭の片隅からすらも消え去る。
柔らかい唇。触れ合うだけの口づけ。
エミリアにとっては初めてで、スバルにとっては彼女と二度目の口づけ。
冷たい、『死』の味がした一度目とは違う。二度目のキスは、熱い『命』の味がした。
「――ぁ」
どちらともなく、唇が離れた。
触れ合っていた顔が離れて、互いに息をすることすら忘れて見つめ合う。
上気した頬。潤んだ瞳。エミリアの瞳に映る自分も、蕩け切った顔をしている。
その情けない顔に先に我に返ったスバルは、思い出したように呼吸しながら、
「お前が好きだ」
「――――」
「どんなにダメなとこ見ても、こうやって言い合いになっても、それでも俺は変わらずエミリアのことが好きなままだ。それは何があっても変わらないし――だから俺は、君のことをずっと信じてる。どうしてかっていうなら」
「好き、だから……」
スバルの言葉の最後を引き継ぎ、呆然としたエミリアが自分の唇に指で触れる。まだそこに残る感触を確かめるように柔らかな唇をなぞって、涙が溢れた。
白い頬を伝う涙は、まるで月の雫のようにきらめいて落ちる。
「知らない記憶が溢れてきて、不安に思う気持ちがあるのは当たり前だ。知らない自分が出てきそうで、恐い気持ちになるのもわかる。でも、それでエミリアが歩いてきた道が消えるわけでも、想いが変わるわけでもきっとない」
「どうして、そんな風に……言えるの……?」
「大事なのは最初じゃない。最後だからだ。――俺の、世界一尊敬する女の人が言ってた」
普段は世界一察しが悪い癖に、世界一大事なことを教えてくれるお母さんに。
ちゃんとわかったわけではないけれど、わかっていきたいと思うから。
一緒にわかっていけたらと、そう思いたい子が目の前にいるから。
不安に立ち尽くすエミリアの前で、スバルは気楽な様子で肩をすくめてみせる。
どうってことはないと、その不安を蹴飛ばすように。
「大丈夫だよ、エミリア。たとえ何を思い出しても、俺はお前の味方だ。忘れてたこと何でも思い出したらいい。それでもまだ恐いなら、見つけよう」
「見つける……って、何を……」
「俺がエミリアを好きな気持ちで突っ走れるみたいに、エミリアも周りのこと気にしないで突っ走れるようになる、大事な気持ちをだよ」
誰かのために、エミリアは自分の身を差し出すことを惜しまない。
そうやって他人優先な彼女の姿は、気高くて美しくて、スバルは大好きだけれど。
『誰か』のためにという言葉は、ひどく優しくて、ひどく悲しい。
顔の見えない誰かのためへの気持ちはきっと、顔の見える誰かを思う気持ちには届かないから。
「その大事な気持ちが、俺に向けられるのを期待したいとこだけどね」
「言える。たとえ何がどうだろうと、君はいなくならない。俺は、君が好きだ」
「……嘘つきの、くせに。し、信じさせて、くれなかった……くせに……」
「――なら、信じさせてやる」
震える声で、震える瞳で、エミリアがスバルを拒もうとする。
言葉では伝わらない。態度でも、納得させられない。ならば、思いの丈はもはや、行動で示す以外には伝える方法が見当たらない。
だから、
「すば……」
「嫌なら、よけろ」
息がかかるほどの距離――否、息すら二人の間を遮れないほどの距離。
エミリアの肩に手を伸ばし、スバルは彼女に顔を寄せる。近付くスバルを見て、エミリアは瞳に戸惑いを浮かべ、体を硬直させた。
一秒、待つ。
振りほどかれるなら、そこまでだ。
「――――」
でも、エミリアは目を閉じた。
それが諦めだったのか、迷った末だったのか、スバルにはわからない。
「――んっ」
「――――づ」
互いの息遣いが絡み合い、エミリアが息を詰め、スバルが痛みに眉を寄せる。
小さく音が鳴ったのは、勢いで歯がぶつかり合ったためだ。疼くようなかすかな痛みを最初に味わい、しかしそれはすぐに強烈な熱の前に頭の片隅からすらも消え去る。
柔らかい唇。触れ合うだけの口づけ。
エミリアにとっては初めてで、スバルにとっては彼女と二度目の口づけ。
冷たい、『死』の味がした一度目とは違う。二度目のキスは、熱い『命』の味がした。
「――ぁ」
どちらともなく、唇が離れた。
触れ合っていた顔が離れて、互いに息をすることすら忘れて見つめ合う。
上気した頬。潤んだ瞳。エミリアの瞳に映る自分も、蕩け切った顔をしている。
その情けない顔に先に我に返ったスバルは、思い出したように呼吸しながら、
「お前が好きだ」
「――――」
「どんなにダメなとこ見ても、こうやって言い合いになっても、それでも俺は変わらずエミリアのことが好きなままだ。それは何があっても変わらないし――だから俺は、君のことをずっと信じてる。どうしてかっていうなら」
「好き、だから……」
スバルの言葉の最後を引き継ぎ、呆然としたエミリアが自分の唇に指で触れる。まだそこに残る感触を確かめるように柔らかな唇をなぞって、涙が溢れた。
白い頬を伝う涙は、まるで月の雫のようにきらめいて落ちる。
「知らない記憶が溢れてきて、不安に思う気持ちがあるのは当たり前だ。知らない自分が出てきそうで、恐い気持ちになるのもわかる。でも、それでエミリアが歩いてきた道が消えるわけでも、想いが変わるわけでもきっとない」
「どうして、そんな風に……言えるの……?」
「大事なのは最初じゃない。最後だからだ。――俺の、世界一尊敬する女の人が言ってた」
普段は世界一察しが悪い癖に、世界一大事なことを教えてくれるお母さんに。
ちゃんとわかったわけではないけれど、わかっていきたいと思うから。
一緒にわかっていけたらと、そう思いたい子が目の前にいるから。
不安に立ち尽くすエミリアの前で、スバルは気楽な様子で肩をすくめてみせる。
どうってことはないと、その不安を蹴飛ばすように。
「大丈夫だよ、エミリア。たとえ何を思い出しても、俺はお前の味方だ。忘れてたこと何でも思い出したらいい。それでもまだ恐いなら、見つけよう」
「見つける……って、何を……」
「俺がエミリアを好きな気持ちで突っ走れるみたいに、エミリアも周りのこと気にしないで突っ走れるようになる、大事な気持ちをだよ」
誰かのために、エミリアは自分の身を差し出すことを惜しまない。
そうやって他人優先な彼女の姿は、気高くて美しくて、スバルは大好きだけれど。
『誰か』のためにという言葉は、ひどく優しくて、ひどく悲しい。
顔の見えない誰かのためへの気持ちはきっと、顔の見える誰かを思う気持ちには届かないから。
「その大事な気持ちが、俺に向けられるのを期待したいとこだけどね」