冷雨終末
*
少年は雨空をじっと見つめていたのである。
冷たい雨水が、鉛色の空から灰の微光を連れて、何処までも降り注いで行く。空模様は微塵の陽光も見せず、雲の切れ目さえ見えず、重たい曇天のようだ。
彼の白いシャツは雨の冷たい色に染まったように、すっかり半透明になって、少年の細い鎖骨がおぼろげに見える。彼は手を挙げ、降り注ぐ雨水を抱き締めるように力強く、けれど微かに震えている指先が虚空で何かを掴み、そして手放した。
朦朧とした淡い霧が少年の頰まで浮かび、風雨とともに揺さぶって、悲愴の瞳の中深くなりつつ、漸次に散って行く。
「僕はまた、一人になったな。」
雨水は少年の指先から流れ込み、手首を通し、やがて地面の水溜まりまで…そして地面の裏まで滲んで、土、岩石、揚句死んで行くのである。
神社の鈴は雨の音に合わせ、軽く鳴っていた。
一
<*>
暗黒の中、何か…
何か懐かしい音が浮かび、沈み込んで行く。
私は誰なんだろう…
私は何処にいるのだろう…
私はなんで生きているのだろう…
私はきっと人間達の望みと祈りから生まれて来た、得体の知らぬ闇のようなものなんだ。静寂の中ただ人間達を見守る事しかできない、臆病な傍観者だ。
闇は消え果て、視点は凝結する。
<1>
ーー君は、人形になってみないかい?
次第に暗くなる空には、陽の光が眩し過ぎて、日盛りは世界すら全て覆い潰すようだ。青藍なる夏空さえも悔しく感じるぐらい、世界ごとは太陽の影の中へ。
そして人間達は何気無く笑い合い、宛ら無邪気な童のよう仮面を鋳続けて生きていた。
まるで人形みたいだ。
神社の風雨に晒し磨いた岩石の上に、少年がいた。
名前は確か枯野涼、この近くの高校に通っている優等生。父は何か専門の研究者で基本留守状態だが、涼は大して寂しいとは思わなかった。彼はいつも「鳴」と言う名の黒猫を抱いて此処に来る。夕焼け前の時間で一人、樹々の陰が恵む平らな岩石に座る。少年は陽射しを嫌うように、 蒼白な、病態的すらあるその肌はもろく、上げて光を遮ろうとするその指先も細長い。
そしてその黒猫は、鳴は、抱かれるのが嫌がっているみたく、いつも彼の腕を引っ掻きたりする所為で、涼の両腕はしょっちゅう傷だらけだ。
神社の鈴はふと微かになっていた。遠い彼方にある眩しい太陽はやがて生気のない灰色な曇天に覆い尽くされ、幾つの雨の滴は空中で重力に引っ張られ、やがて長くなって重くなるのである。
ーーこの雨水を通して見た世界は、果たしてどんな色なんだろう。現実と同じく暗澹であるのか。
と、涼はナンセンスなことを考えながら、雨を見つめていた。
雨水は宙にだんだん墜落していく。宛ら塵埃が染まった瑠璃石のように、薄汚れていた極彩色は、彼の心の底にある無力な孤独感を映し出す。静寂である世界は、雨水がぱと地面に接した瞬間、終結まで遂げたのだった。
涼は何故か茫然となって、その光景から目を離れることができなかった。風は彼の髪を掠り、彼の視点も連れて、遠い昔まで送っていく。
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少年は雨空をじっと見つめていたのである。
冷たい雨水が、鉛色の空から灰の微光を連れて、何処までも降り注いで行く。空模様は微塵の陽光も見せず、雲の切れ目さえ見えず、重たい曇天のようだ。
彼の白いシャツは雨の冷たい色に染まったように、すっかり半透明になって、少年の細い鎖骨がおぼろげに見える。彼は手を挙げ、降り注ぐ雨水を抱き締めるように力強く、けれど微かに震えている指先が虚空で何かを掴み、そして手放した。
朦朧とした淡い霧が少年の頰まで浮かび、風雨とともに揺さぶって、悲愴の瞳の中深くなりつつ、漸次に散って行く。
「僕はまた、一人になったな。」
雨水は少年の指先から流れ込み、手首を通し、やがて地面の水溜まりまで…そして地面の裏まで滲んで、土、岩石、揚句死んで行くのである。
神社の鈴は雨の音に合わせ、軽く鳴っていた。
一
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暗黒の中、何か…
何か懐かしい音が浮かび、沈み込んで行く。
私は誰なんだろう…
私は何処にいるのだろう…
私はなんで生きているのだろう…
私はきっと人間達の望みと祈りから生まれて来た、得体の知らぬ闇のようなものなんだ。静寂の中ただ人間達を見守る事しかできない、臆病な傍観者だ。
闇は消え果て、視点は凝結する。
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ーー君は、人形になってみないかい?
次第に暗くなる空には、陽の光が眩し過ぎて、日盛りは世界すら全て覆い潰すようだ。青藍なる夏空さえも悔しく感じるぐらい、世界ごとは太陽の影の中へ。
そして人間達は何気無く笑い合い、宛ら無邪気な童のよう仮面を鋳続けて生きていた。
まるで人形みたいだ。
神社の風雨に晒し磨いた岩石の上に、少年がいた。
名前は確か枯野涼、この近くの高校に通っている優等生。父は何か専門の研究者で基本留守状態だが、涼は大して寂しいとは思わなかった。彼はいつも「鳴」と言う名の黒猫を抱いて此処に来る。夕焼け前の時間で一人、樹々の陰が恵む平らな岩石に座る。少年は陽射しを嫌うように、 蒼白な、病態的すらあるその肌はもろく、上げて光を遮ろうとするその指先も細長い。
そしてその黒猫は、鳴は、抱かれるのが嫌がっているみたく、いつも彼の腕を引っ掻きたりする所為で、涼の両腕はしょっちゅう傷だらけだ。
神社の鈴はふと微かになっていた。遠い彼方にある眩しい太陽はやがて生気のない灰色な曇天に覆い尽くされ、幾つの雨の滴は空中で重力に引っ張られ、やがて長くなって重くなるのである。
ーーこの雨水を通して見た世界は、果たしてどんな色なんだろう。現実と同じく暗澹であるのか。
と、涼はナンセンスなことを考えながら、雨を見つめていた。
雨水は宙にだんだん墜落していく。宛ら塵埃が染まった瑠璃石のように、薄汚れていた極彩色は、彼の心の底にある無力な孤独感を映し出す。静寂である世界は、雨水がぱと地面に接した瞬間、終結まで遂げたのだった。
涼は何故か茫然となって、その光景から目を離れることができなかった。風は彼の髪を掠り、彼の視点も連れて、遠い昔まで送っていく。