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武神樂
望月诸刃
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『九重真鳴流奥義、鳳翼飛斬ほうよくひざん!』
『レスティア流剣術、一式・風刃!』
八重のシュヴェルトライテとヒルダのジークルーネが、その刀と剣を振り下ろすと、大気を切り裂く斬撃がギガンテスへ向けて飛んでいった。
ギガンテスはその巨体のため、避けることができず、太腿のあたりと脇腹にその攻撃をまともに喰らった。
今度は無傷といかなかったようで、装甲の一部を見事に切り裂いている。しかしその大きさから例えると、人間ならば擦り傷のようなものだろう。
『むう。いまいちきいてないようでござるな』
『大きなだけあって厄介ですね』
ボディを切り裂かれたギガンテスが怒ったようにその拳を八重たちに振り下ろす。
二人ともそれを難なく躱したものの、地面を抉り、飛び散った瓦礫の雨に晒される。
しかし八重もヒルダもそれを片っ端から剣で打ち落としていた。相変わらずとんでもないな……。
ギガンテスの機体のあらゆるところに取り付けられている自動迎撃砲台から、レーザーのような光が周囲にばら撒かれる。
『わっ、わっ』
リンネが乗るゲルヒルデが射程範囲内にいたようで集中攻撃を受けていた。リンネはゲルヒルデのその機動力を活かし、器用にレーザーの雨をかいくぐっている。
『リンネ! 掴まって!』
『おかーさん!』
レーザーを凌いでいたゲルヒルデにリンゼが乗る飛行形態のヘルムヴィーゲが突っ込んできた。ヘルムヴィーゲの下部から飛び出したフックを掴み、ゲルヒルデがヘルムヴィーゲとともに空へと離脱する。
ギガンテスが空へと逃げた二機に、頭部側面にある二門のキャノン砲を向けた。
『させないわ』
そのギガンテスの顔面に何百発もの晶弾が撃ち込まれる。リーンのグリムゲルデだ。
顔面を破壊することはできなかったが、注意を逸らすことはできたようで、ギガンテスの大きな機体がグリムゲルデへと向いた。
大振りなテレフォンパンチが地上のグリムゲルデへ向けて放たれるが、それを予測していたリーンがホバー移動によりパンチを躱す。
グリムゲルデはオーバーロードに次ぐ重量のため、機動力が低い。ちょっとヒヤヒヤしてしまった。
ギガンテスの自動迎撃砲台からまたしてもレーザーが飛び、エンデの竜騎士ドラグーンとBブースターユニットを装備したルーのヴァルトラウテが撹乱するように戦場を駆け抜ける。
その合間を縫うように、ユミナのブリュンヒルデが自動迎撃砲台を一つずつ、確実に狙撃して破壊していく。
相変わらずよくあんな遠い場所からピンポイントで当てられるよなぁ……。
『む? 先ほどつけた傷が塞がっていくでござるぞ?』
八重の声に注意を向けると、先ほどシュヴェルトライテとジークルーネが与えた破損部分が再生していくのが見えた。ちっ、やっぱりヘカトンケイルと同じく自己修復機能があるのか。
面倒だが修復機能が働くよりも速く、一点集中攻撃で内部を破壊するしかないだろう。修復されるのは装甲だけで、中身まで復元するわけではないし。
『おとーさん! 武器ちょうだい! 蹴ったり殴れるやつ!』
「は?」
いつの間にかリンゼのヘルムヴィーゲの上に乗って、空中をサーフボードのように飛んでいるゲルヒルデから通信が入る。
さっき『おとーさんの力を借りなくたって』みたいなこと言ってなかったか、君……。まあ、いいけど。
「えーっと……形状変化モードチェンジ・鉄甲ナックル、脛当グリーヴ」
レギンレイヴの背中に装備してある十二本の水晶板フラガラッハから左右二つが切り離され、形状を変えながらリンネのゲルヒルデへと飛んでいく。
リンゼに手出し無用と言われていたが、これくらいならいいよね?
ゲルヒルデの拳にも晶材は使われているのだか、相手が相手なだけに、もっと殴りやすいものが必要なのだろう。
戦闘用のガントレットに変形した水晶板フラガラッハは、ゲルヒルデの両手に装着され、三つの突起を持つ凶悪な武器へと変形した。
同様に足にも膝から下を覆うようなアーマーのように変形する。
『よーし、いくよーっ!』
ギガンテスの頭上上空へとリンネのゲルヒルデを乗せたヘルムヴィーゲが上昇していく。
ギガンテスは地上を駆け抜けるエンデの竜騎士ドラグーンとルーのヴァルトラウテに気を取られ、攻撃をしてこない二人のことは眼中にないようだ。
ここらへんがゴレムとロボットの違いを感じるところだ。妙な人間性を感じる。感情らしきものが垣間見えるのだ。
ゴレムはただのロボットではない。人間のように失敗したり、喜んだりする機体もある。特に古代機体レガシィはその傾向が多い。
ヘカトンケイルの場合、中身があのサイボーグジジイだったからアレだが、ギガンテスにもプログラムされた命令に従う他にも自己の感情認識があるような気がする。だからといって説得など通用しないし、躊躇う理由もないが。
ギガンテス頭上を旋回したヘルムヴィーゲから、ゲルヒルデが豪快に飛び降りる。
『りゅうせいきゃく────っ!』
加重魔法【グラビティ】により、とてつもない重さになったゲルヒルデの直下型キックがギガンテスの頭上に落ちる。
メギャッ! っという鈍い音を立てて、ギガンテスの首から上が胴体の中にめり込んだ。
ゲルヒルデの総重量は確か7トンくらいか? それが数十倍にも跳ね上がり落ちてきたのだから、そりゃそうなるか。金だらいが落ちてきたのとはわけが違う。人間の頭上に超高度から鉛のゴルフボールが落ちたようなもんか?
ギガンテスは動きを止め、膝を地面につけてそのまま前のめりに倒れていった。
◇ ◇ ◇
「倒し……た?」
地下都市アガルタのモニターでこの戦いを見ていた誰かからそんな声が漏れた。
あまりにもあっけない結末に、喜べばいいのか、驚けばいいのか、わからないといった顔が並んでいる。
「さすが私の機体に私たちの娘ね。決めてくれたわ。だけど……」
「そうじゃのう。これで終わりとはいかないようじゃな」
モニターを冷静に見るエルゼとスゥのそんな会話にみんなの視線が再び映し出されるギガンテスへと向けられた。
倒れたギガンテスの全身から、バシュゥゥゥゥゥーッ……と、蒸気のようなものが一斉に吹き出される。
「ああああ……! できればあまり壊さないでって言ったのにぃ……!」
もくもくと煙を上げるギガンテスに、クーンだけがハラハラとした気持ちでモニターを見守っていた。そのクーンに八雲とフレイの姉二人が呆れたような視線を向けていた。
モニターの中で、倒れたギガンテスからさらに勢いよく蒸気が吹き出す。
次の瞬間、ガゴン、という鈍い音とともに、倒れたギガンテスの右腕が肩から外れた。
同じようにガゴン、とさらに肘から先が外れる。立て続けにガゴン、ガゴン、という音が、立ち昇る白煙の中から聞こえてきて、煙が晴れるとギガンテスのその巨体はいくつかのパーツに分かれてバラバラになっていた。
左右の上腕と前腕。同じく左右の大腿部に下腿部。そして頭、胴体上、胴体下。
11のパーツにバラバラになったギガンテスだったが、先ほどのゲルヒルデの攻撃によって壊れたわけではなかった。
「お、おい、見ろ! あれ!」
モニターを見ていた一人からそんな声が上がる。
分離したパーツの一つがガチャガチャと変形を始め、新たな人型ゴレムとなったのだ。
大きさはちょうどフレームギアと同じくらいか。続けとばかりに11のバラバラになったパーツは、それぞれ独立した新たな巨大ゴレムとなった。否、頭部のパーツだけはひしゃげたまま動かないので、合計で10機である。
「むう。あのギガンテスとやら、オーバーロードと同じ構造であったか」
「合体分離機構! 燃えるぅ!」
スゥの苦々しい顔とは反対に、キラキラとした目をモニターへと向けるクーンに、八雲とフレイの姉二人は再び呆れた視線を向けた。
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7楼
2020-07-24 23:14
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武神樂
望月诸刃
12
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#521 撃破、そして火事場泥棒。
超巨大なゴレムから分離し、数機の巨大なゴレムに分かれたギガンテス。
頭部は戦闘不能らしいので、胴体上、胴体下、上腕部×2、前腕部×2、大腿部×2、下腿部×2の計十機のゴレムとなった。
まさかオーバーロードと同じ合体ゴレムだったとは。
分離して小さくなったから戦いやすくなったかと思えばそうでもない。分かれた十機の機体はフレームギアよりもかなり大きい。一機一機がオーバーロードと同じくらいだ。
その中でも胴体上と胴体下は大きい。高さはそこまででもないが、横に太いというか。
これ全部の機体に動力源があり、頭脳であるQクリスタルがそれぞれあるわけか。それを統率していたのがあの頭部パーツで、それを壊されてしまったから分離せざるを得なくなったのかな?
『向こうも十機、こちらも十機。ちょうどいいかもしれんでござるな』
八重の楽しそうな声がスピーカーから聞こえてくる。え、一対一タイマンでやるってこと?
『ならあの一番でっかいのはボクがやるよ! いいよね?』
オーバーロードに乗ったアリスが両拳を合わせてゴンゴンと叩く。一番デカいのとは胴体上、胸部ゴレムのことだろう。大丈夫か? さっき必殺の【キャノンナックル】をアレに防がれたばかりだろ。
しかしあれはこちら側で一番大きなオーバーロードが相手をするのが得策だと言える。打撃は通りにくいかもしれないが、オーバーロードの武器は【キャノンナックル】だけじゃないし、たぶん大丈夫……と思いたい。
『まずは弱そうな一機を多数で倒しましょう。そしてそのあとに分散し、何人かで一機ずつ確実に仕留めていった方が楽かと』
ユミナの言いたいことはわかる。一機ずつ確実に減らし、数の点で有利にしようってんだな?
少年漫画なんかだと五対五なんかで戦うとき、一対一でバラバラにそれぞれ対戦、なんて展開があるが、乱戦なら五対一で一人を狙って確実に潰し、五対四にした方が確実だ。もちろん相手もそれを狙ってきたりするので、いち早く相手側の一番弱いやつを見極める必要がある。
そして狙うべき相手の機体は左右大腿部の二機。あいつらだけ他の機体に比べると、かなりスリムなんだよね。
元のギガンテスが足が短い感じだったし、わからないでもないのだが。巨体を支えていた部分の一つだから意外と硬いのかもしれないけど。
『とりあえず先手必勝ですね』
ユミナのブリュンヒルデが、ジャキッとスナイパーライフルを大腿部ゴレムの一機に向けて構える。
『相手の射程範囲外からこちらの攻撃を一方的に与えるってわけね』
リーンのグリムゲルデの肩、脚、胸の装甲が開き、多連装ミサイルポッドと二連バルカン砲が現れる。右腕のアームガトリング砲と左手全指の五連バルカン砲をユミナと同じ大腿部ゴレムへと向けて、一斉射撃フルバーストの体勢をとった。
『ならば一気に決めてしまいましょう』
ルーの乗るヴァルトラウテが大型キャノン砲を装備したCユニットへと換装し、その大砲を前の二人と同じく大腿部ゴレムへ向けたまま、ロックオンする。
『『『発射ファイア』』』
一斉に何百発もの銃弾が発射され、大腿部ゴレムの片方が蜂の巣になる。胸部ほどの装甲を持たないらしい大腿部は、装甲がバラバラに吹っ飛んでその場に後ろ向きに倒れた。
それに反応し、残りの九機がすかさず動き出す。大きく分けて防御姿勢をとる機体と、移動して動き続ける機体、そして反撃してくる機体だ。
上腕部の二機は遠距離攻撃を持っているようで、ギガンテスの時に肩であったパーツからミサイルポッドをこちらへと向けて撃ち出してきた。
ユミナたちもこれに反応して散開し、ミサイルの雨を避けていく。
その間に集中砲火を浴びた大腿部ゴレムが立ち上がったが、装甲が剥がれ落ち、体の各部からもくもくと煙とも蒸気とも思えるものを吹き出している。あれだけの弾を受けてまだ機能停止していないのか。なかなかにしぶとい──。
『【キャノンナックル】!』
な、と思った次の瞬間、アリスの乗るオーバーロードから放たれたロケットパンチを浴びて、大腿部ゴレムは無残にもバラバラに砕け散った。
さすがにあそこまで破壊されては再生などできまい。
これで残り九機か。
『もう一機も潰しましょう』
ユミナの言葉に再び遠距離攻撃の三人組がもう一機の大腿部ゴレムに集中砲火を浴びせる。トドメに今度は上空からリンゼのヘルムヴィーゲが飛び込んできて、その翼に仕込まれている晶材のブレードで、細い大腿部ゴレムをすれ違いざまに上下真っ二つに切り裂いた。
これで残り八機。
上腕部の二機が上空を旋回するヘルムヴィーゲへ向けてミサイルを発射する。
その弾幕の雨の中を、リンゼのヘルムヴィーゲはひらりひらりと全て紙一重で躱して飛び続けた。いつの間にあんな操縦技術を……。どこかのエースパイロットかよ。
そういえば新婚旅行で地球に行ったとき、アミューズメント施設でシューティング系の体感ゲームを簡単にクリアしていたっけ。
『あのミサイルを撃つ奴はヒルダ殿と拙者でお相手いたそう』
『そうですね。適材適所かと』
八重のシュヴェルトライテとヒルダのジークルーネが上腕部の二機へと向けて駆けていく。
上腕部の二機はミサイルポッドを背負い、腰にガトリング砲、肩の両サイドに大きな盾と、見るからに遠距離支援型なのがわかる。一応槍のようなものを持ってはいるが。
懐にさえ飛び込んでしまえば白兵戦に強い八重たちの方が有利だろう。普通なら弾幕をどうにかするのは無理っぽいところだが、二人なら可能だと思う。飛んでくる弾を打ち落とすくらいだからさ……。
『前腕の二機はどうします?』
『動きは鈍そう。でも硬そう』
ユミナに答えた桜の言う通り、前腕部の二機は両拳のパーツだけあってなかなかにゴツい印象を受ける。ずんぐりとしていて、装甲が厚そうだ。
『あたしやる! 二機ともエルゼおかーさんのパイルバンカーで砕くよ! いいよね、おかーさん!』
『いいけど……。桜ちゃん、サポート頼める?』
『ん。わかった。リンネを守る。断言する』
どうやら前腕部の二機はリンネのゲルヒルデと桜のロスヴァイセが相手をするようだ。
確かに桜のロスヴァイセならシンフォニックホーンから繰り出す共振攻撃であの分厚い装甲を脆くすることができるかもしれない。
そんなリンネを見て触発されたのか、アリスがビシッと胸部ゴレムを指差した。
『ボクはあのでっかいのをやる!』
「ならエンデは二番目に大きいのだな」
『ちょっと!? なに勝手に決めてんのさ!?』
僕の言葉に反応し、スピーカーからエンデの反論の声が上がってきた。うるさい。お前もロスヴァイセと同じく共振攻撃ができるのは知ってるんだからな。面倒くさそうな機体に割り振るのは当然だろ。
「アリスだってお父さんがかっこよく敵を倒すところを見たいよなぁ?」
『うん! 見たい!』
『そ、そお? ならお父さん、頑張っちゃおうかな〜』
チョロい。デレデレとしたエンデの声を聞いて心底親馬鹿は使いやすいと思った。えっ? 人のこと言えるのかって? ははは、あんなのと一緒にしないでくれたまえ。
さて、そうなると残りのユミナ、リンゼ、ルー、リーンで下腿部の二機を相手にするわけか。
下腿部の二機は見るからに白兵戦用といった形で、両腕に反り身の大剣を装備していた。剣を持っているのではない。両腕が剣なのだ。
機体の大きさはオーバーロードほどではないが、フレームギアの機体よりは大きい。
二対四だとはいえ、ユミナたちの方はほとんどが遠距離支援型だ。相手を近づかせないように、自分たちとの距離をしっかり保つことが戦いの鍵となるだろう。
『いくよーっ!』
さっそくとばかりにリンネのゲルヒルデが前腕部ゴレムの片方へ向けて駆け出した。
追いかけるように桜のロスヴァイセから歌唱魔法が放たれる。
…………え、なんでこの曲?
有名なアメリカのロックバンドの曲だが、これ確か歌詞の内容は、高校の時に憧れた女の子が男性誌のピンナップページに載っていてショックを受けた、ってやつなんだけど……。
桜も世界神様からもらった結婚指輪をしているから、歌詞の英語も理解できていると思うんだけどな……。
ロスヴァイセから放たれた共振攻撃の衝撃は凄まじく、前腕部ゴレムの装甲に細かな亀裂を生み出した。
『ひっさーつ! パイル、バンカー!』
前腕部ゴレムの懐に飛び込んだリンネのゲルヒルデが晶材装甲の右拳を放った。間髪入れずに腕に仕込まれたパイルバンカーが打ち出され、ひび割れた敵の装甲を穿つ。
一撃でガラガラと機体前面の装甲が剥がれ落ち、薄い内部装甲が丸見えとなる。
『もう一発っ!』
今度はゲルヒルデの左の拳が唸る。ドン! ガァン! と立て続けにパイルバンカーが打ち込まれ、薄い内部装甲を貫いた。前腕部ゴレムがガクガクとまるで痙攣するかのような動きをし、前のめりに倒れる。
サッと避けたゲルヒルデの前に倒れた前腕部ゴレムはそのまま動きを停止した。一撃かよ。いや、二撃か。
『もう一機!』
ゲルヒルデがもう一機の前腕部ゴレムに向かおうとすると、そいつは背中に装備(?)されていたギガンテスの左手をロケットのように射出してきた。
『わっ!?』
慌てて避けようとしたリンネだったが、わずかに遅く、巨大なその左手に捕まってしまう。
むっ、ヤバいか!? 助けに行かないと……! と、僕が前のめりになった時、桜のロスヴァイセからダガー型の飛操剣フラガラッハが四本撃ち出され、リンネが捕まっている左手の親指付け根部分に集中して突き刺さった。
グラリと左手の親指が緩んだ瞬間に、ゲルヒルデがその手の中から脱出する。
『あぶなかったぁ……!』
『一機めが簡単だったからって油断した。さっきのは不意打ちに近かったからで、もっと注意して動くべき』
『はぁい……』
桜に窘められ、少し落ち込んだリンネの声がする。まあ確かに一機めが綺麗に決まったからなあ。こりゃ余裕、と思っても仕方ない気もするんだけど。
ふと横を見ると、アリスのオーバーロードとギガンテスの胸部が変形した大型ゴレムが両手を組み合わせ、まるで力比べをするかのように押し合いを始めていた。
『はぁぁぁぁぁぁっ!』
オーバーロードの基本的な出力はこのレギンレイヴよりも上、全フレームギア最大である。
背中のブースターが唸りを上げて、オーバーロードを前へ前へと押し進ませていく。
やがて堪えられなくなったのか、胸部ゴレムは頭の横に装備してあったバルカン砲のようなものをオーバーロードの顔面へと向ける。
『させないよっ!』
次の瞬間、アリスがそんな叫びと共に、勢いよく胸部ゴレムの顔に頭突きをかました。突然の打撃に胸部ゴレムが仰け反り、地響きを立てて倒れる。
なんだろう……。まるでプロレスを観ているかのような。
倒れた胸部ゴレムはすぐに立ち上がり、その大きな拳をオーバーロードへ向けて繰り出してきた。それをアリスは左腕で受け、反撃とばかりに逆に右拳を叩き込む。
まともにボディに入ったはずだが、胸部ゴレムは微動だにしない。やはりあいつの装甲はダメージを吸収してしまうのか。
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8楼
2020-07-24 23:18
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武神樂
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先ほどのヘッドバットでのダメージは単にバランスを崩しただけか? 逆三角形に近い機体だしな。
防御に自信があるのか、守りを固めずに胸部ゴレムは乱打ラッシュを続ける。オーバーロードの方は防戦一方だ。
『このおっ!』
オーバーロードの脚部につけられている巨大ドリルが分離し、右腕に装着される。乱打ラッシュを続ける胸部ゴレムの隙を突いて、ドリルを装備したオーバーロードの右腕が敵のボディに突き刺さる。
しかし突き刺さったのはわずかに先だけで、やはりゴムのような装甲に防がれていた。
『ここからっ!』
アリスの叫びと共にドリルが高速回転を始める。ギュギュギュギュギュ、と回転したドリルが少しずつではあるがゴム装甲の中に入り込んでいく。
『【薔薇晶棘プリズマローズ】!』
バキッ! と、ゴム装甲に亀裂が入る。胸部ゴレムの装甲の内側から水晶の棘蔓か飛び出してきて相手を絡めとっていく。やがて胸部ゴレムは幾つもの棘蔓に地面に縫い付けられ、その動きを止めた。
ドリルでこじ開けた装甲の内側で【薔薇晶棘プリズマローズ】を発動させたのか。
溢れ出した水晶の蔓薔薇が内側から胸部ゴレムを破壊したというわけだ。
しかしこれでは中身はバラバラだろうなぁ……。クーンがモニターの前で絶叫してそう……。
『やったよ、お父さん!』
アリスが呼びかけたエンデの方はというと、腹部ゴレムとの戦闘を繰り返していた。
腹部ゴレムは太く短い足に細く長い手を持つゴレムで、動きは遅いがその両腕にはガトリング砲が装備されていた。
撃ちまくられる弾幕の雨を、右へ左へとその機動力で躱しまくるエンデの竜騎士ドラグーン。
スピード重視のその機体に、腹部ゴレムは一発も当てられない。
『アリスの方も片付いたようだし、こっちも決めるとするかな』
竜騎士ドラグーンが腰から二本の小太刀を抜き放ち、両手に構える。
両足の高速ローラーを加速して、すれ違いざまに細い腕を斬り落とす。急ターンしてまたすれ違いざまに残りの腕を斬り落とす。
縦横無尽に大地を駆け抜けて、竜騎士ドラグーンが腹部ゴレムを斬り刻んでいく。その素早さの前に相手はなす術がない。
『これで終わりっと』
竜騎士ドラグーンの小太刀が腹部ゴレムの胸部(ややこしい)を貫くと、ボシュッ! とキラキラとした魔素の煙を上げて相手は動きを停止した。
一方的な戦いだったな。まあ、相性が悪かった……いや、エンデとしたらよかったんだろうけど。
『どうだい、アリス! お父さんもなかなか、アッレェ!?』
アリスの方を振り返るエンデだったが、すでにそこに愛娘の姿は無かった。
自分の戦いを終えたアリスは父親を置いてさっさと他のみんなの加勢へと向かったのである。
「不憫な……!」
くっ、目頭が熱い……。頑張ったのになあ、お父さん。その気持ち、今なら僕にもわかるぞ。
ユミナたちの方へと向かったアリスのオーバーロードを追って、エンデも竜騎士ドラグーンを走らせていく。
ふと見ると、リンネも二機めの前腕部ゴレムを片付けたところだった。
ミサイルポッドを持つ上腕部ゴレムと戦っていた八重とヒルダもその戦いを終えたようだ。もちろん無傷である。
後はユミナたちが押さえている下腿部の二機だけか。もはや二対十。こりゃ勝ったな。それほど強くはなかった気がする。
いや、合体したギガンテス状態があいつの真骨頂だったのだ。分離したことにより、その実力を発揮できないまま敗北した、というところか。
そう考えると、分離する原因となった頭部ゴレムへの一撃はまさにギガンテスにとって、痛恨の一撃だったのかもしれない。
これはリンネがMVPだな。さすがは我が娘。うむ。
◇ ◇ ◇
「あらあら、なんかうるさいと思ったらずいぶんと面白いことになっているじゃないの」
「あれは決戦兵器ですね。いったいどこに眠っていたのか……」
冬夜たちが戦っているアイゼンブルクからかなり離れた場所で、その戦いを眺める影が二つ。
一人は鉄製のドミノマスクをつけた赤毛の女。
もう一人は潜水ヘルメットのような兜をかぶった男。
女はオレンジの戦棍メイスを、男は深青の手斧ハチェットを持っていた。
『邪神の使徒』と呼ばれるタンジェリンとインディゴはこの辺りを監視させていたゴレムからの報告を受けて、インディゴの手斧ハチェット『ディープブルー』の持つ転移魔法でここまで来ていた。
冬夜が事前に【サーチ】を周辺にかけていたのだが、監視していたのは『悪魔ゴレム』ではなく普通のゴレムだったので見逃したのである。
「あれはブリュンヒルドの巨大ゴレムですね……。初めて見ますがかなりの性能のようだ。スカーレットの言う通り、我・々・の・作・っ・て・い・る・も・の・ではまだ太刀打ちできない」
「はっ。そんなんで本当に私たちの悲願は果たせるのかしらね?」
小馬鹿にしたようにタンジェリンが吐き捨てる。彼女は敗北宣言ともとれるインディゴの言葉に少し腹を立てていた。
「ま・だ・、と言いました。スカーレットがいずれはあれを凌駕する機体を作ってくれますよ。そのために世界を回り、『方舟アーク』を手に入れたのですから。クロム・ランシェスの残せし遺産があればそれも不可能ではない。それが新しき神の降臨の礎となるでしょう」
「ふん、すごい自信だねえ。その敬虔さは元神父だからかね? 私はこの世界がぶっ壊れさえすればそれで満足だから、そうなるように神に祈っておいてやるよ」
つまらなそうにタンジェリンはオレンジ色の戦棍メイス『ハロウィン』を肩に担ぎ直した。彼女たちは『邪神の使徒』と自称しているが、全員が全員敬虔な信徒というわけではない。
「しかしこのまま戻るのも癪ですね。少しばかりスカーレットにお土産を用意しましょうか」
そう言って潜水ヘルメットの中で、インディゴは不敵な笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
『【キャノンナックル】!』
アリスのオーバーロードが最後の一機、下腿部ゴレムの上半身を粉々に吹き飛ばす。あーあ、これもクーンや博士らから文句を言われるぞ。
『やった! 全部倒した!』
ゲルヒルデに乗るリンネから嬉しそうな声が聞こえてくる。これで全部片付けたか。思っていたよりは簡単に終わったな。
というか、僕結局、本当になにもしなかったな……。
よく考えてみたらこれってモニターの向こうで観ている人たちに、ものすごく印象悪くない……?
嫁さんばかりに戦わせて自分は高みの見物って最低の旦那だろ……。
マズいな、最後くらいはちゃんと働かないと。とりあえず壊れたギガンテスのパーツも全部回収して────と、僕が【ストレージ】を開こうとしたその時、ゴボゴボとギガンテスの頭部ゴレムと胸部ゴレムの周辺に青い泡が波打ち、とぷん、とまるで水の中に落ちるように消えてしまった。
「なっ……!?」
『冬夜さん! 三時の方向、崖の上に誰かいます!』
ユミナの声にレギンレイヴのカメラを向けると、崖の上にいた二つの影が、先程のゴレムらと同じようにとぷんと沈んで消えた。
一瞬しか見えなかったが、赤毛の女と潜水服を着たようなやつがいた。まさか……邪神の使徒か!?
「検索! 『邪神の使徒』!」
『検索しまス。…………検索終了。該当者ナシ』
くっ、やっぱり結界で阻害されているか! ギガンテスのパーツで検索してみたがそっちでも見つからなかった。単なる転移魔法じゃないのか? まさか『異空間転移』じゃないよな……?
「ちっ、まんまと火事場泥棒をされたってわけだ……」
『方舟アーク』の時と同じか。向こうにも転移魔法を使える奴がいる。やっぱり厄介だな……。
さらに盗まれる前にさっさと残りのギガンテスのパーツを【ストレージ】に収納した。頭部と胸部のパーツだけ盗られたのか。二つしか盗んでいかなかったのは転移させるものに限界があるのか、それともその二つ以外はいらなかったのか。
やってくれるじゃないか……。完全にこれは宣戦布告ってことかな?
僕がレギンレイヴのコックピットで沈思していると、目の前にセットされたスマホから着信音が鳴った。
うぐっ。クーンからだ。たぶん、というか絶対モニターで一部始終を観ていたんだろうなァ……。
しかしこれは不可抗力というか、事前に知らなければ対処しようがなかったというか……。僕のせいかね?
言い訳してないで早く出ろ! と言わんばかりに着信音が鬼のように鳴り続けているが、なかなか通話ボタンを押せない僕がそこにいた。はぁ……。
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9楼
2020-07-24 23:22
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武神樂
望月诸刃
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#522 説教、そして帝都の公子。
「あれほど! あーれーほーど、なるべく壊さないで下さいと言ったにもかかわらず、ほぼ半壊ってどういうことですか!? どういうことですか!? お父様はいったいなにをやってたんですか!?」
「えーっと、なにもしてない……。けど、それは……!」
「言い訳禁止!」
クーンがめちゃおこである。
まあ、わからなくもない。稀少な決戦兵器という古代文明の粋を集めて作られたゴレムをほとんど壊してしまったのだから。
大腿部はバラバラと真っ二つ、前腕部は桜の共振兵器シンフォニックホーンで全身亀裂だらけ。エンデの倒した腹部と八重、ヒルダの倒した上腕部はまだマシな方だが、みんなで攻撃した下腿部はオーバーロードのキャノンナックルで木っ端微塵だ。
極め付けに一番大事なギガンテスの総合頭脳であるQクリスタルがあったであろう頭部ゴレムと、莫大な動力源になっていたGキューブがあった胸部ゴレムを邪神の使徒に掻っ攫われる始末。
最後のはクーンじゃなくても怒って当然のミスだ。油断がなかったとは言い切れない。
だけど前半のギガンテスをボロボロにしたのも僕のせいかあ?
「わかってますの!? あのギガンテスは古代ゴレム文明が遺した貴重な、きちょ〜なゴレムだったんですよ!? そりゃ作れと言われればバビロンの力を持ってすれば作れるでしょう。でもそういうことじゃないんですの! 太古の技術者が汗水流して試行錯誤の結果生み出された一点物ワンオフだからこその価値なんですよ! それを……聞・い・て・ま・す・か、お父様!?」
「あ? あ、ああ、聞いてる、聞いてる。ごめん。で、なんだって?」
「聞いてないですわ!」
さらに激おこになるクーン。
いや、怒ってる姿が母さんに似ていてさ……。思わず懐かしくなっちゃって……。よくこんなふうに怒られたっけなあ。
種族は違うけど、この子も母さんの血を引いているんだな、と思って、なんか嬉しかったんだよ。
「なに笑ってるんですか! 本気で怒りますよ!?」
「はい、すみません……」
ニタニタしていた僕にクーンの雷が落ちる。いかん、さらに怒らせてしまったみたいだ。
「もうそこらへんにしときなさい。あんただって無傷で手に入るとは思っていなかったでしょう?」
「それは……そうですけど……」
戦闘に参加しなかったエルゼから制止の声がかかる。助かった。正座させられてかれこれ三十分は怒られているからな。
「まあ……なんだ。バラバラになったパーツからでも多くの技術を得られるだろう。国が壊滅することに比べたら遥かに良かったさ」
「そう言っていただけると助かります……」
憐むような目で鉄鋼王に慰められた。ひょっとしてクーンは鉄鋼王に僕が責められることがないように、ああして公開説教をしてくれたのかもしれない。
「まったく、もう! ああ、もったいない、もったいない……!」
……違うかもしれない。
「とりあえずギガンテスはこの地下都市アガルタで解体、分析するということでいいのかな? もちろんボクらも参加させてもらうが」
「そうだな。そうしてもらえるとありがたい」
僕が【ストレージ】から出した腹部パーツをぺしぺしと叩きながら、博士が鉄鋼王に話しかける。……いや、お前すでに【アナライズ】をかけて分析したろ、今。
「それともうひとつ。この地下都市アガルタをどうするかですけど……」
「うむ。ここは我が国の領土には違いないが、正確に言えば、我が国が建国される前からこの都市は存在していたわけだ。となると、先住民として自治権を認ざるを得ないところなのだが、住人がすべてゴレムというのはなかなかに難しいところだな……」
ペルルーシカたちには契約者マスターがいない。正しくは契約者が亡くなっている。この都市の住人が契約者マスターだったのなら、子孫に受け継がせるためのサブマスターシステムも無意味だろう。なにせ住人たちは一人残らず全滅してしまっているのだからな。
となると一旦すべてリセットして、新たなマスター契約をするのが普通だけど……。
「却下よ! 古代ゴレム大戦を生き残った古代機体レガシィのゴレムよ!? その記憶を消去するなんてあり得ないから! 休眠装置を使ったとはいえ、ここまで保存状態が良く、なおかつ記憶も残ってる擬人型ってすごいものなのよ!?」
エルカ技師にめちゃめちゃ反対された。なんでも記憶を留めたまま発見されたゴレムはいくつかあるらしい。うちの白の王冠、アルブスもそうだし、ロベールのところの青の王冠、ブラウもある程度の記憶を残している。
しかし人と密接な関係を取ってきた擬人型が、その記憶を有したままで発見されることは、ほぼないのだそうだ。
擬人型は基本的に繊細な作りをしているので壊れやすく、さらに言うなら人から人へと譲渡されやすい。
血族でない者へ譲渡されるたび、新たな契約のためにリセットされるわけだから、古代文明の記憶など残っているわけもなく。
擬人型は人との生活を基準に作られている。それはつまり古代文明時代の大衆文化や慣習、人々の暮らしなどを記憶しているということだ。
少なくともペルルーシカにはその記憶がある。それを消去してしまうということは、歴史的価値のあるものをドブに捨てることに等しい。
つまり彼女が新たなる契約者マスターを得ることはできないということだ。いや、させないというべきか。
ペルルーシカはゴレムではあるが、独立した人格を有しているので、このままこの地下都市を治め、ここを維持していくのがいいと思う。
鉄鋼王もこれに賛成してくれた。地下都市アガルタはトンネルの中継地点として発展することができる。もともと擬人型であるペルルーシカは人に貢献することを望んでいるのでこの提案に否はなかったようだ。
ああ、そういやトンネルを掘っている最中だったっけな……。これからまた掘るの面倒だなあ。
「なに言ってんの、あんたなにもしてないでしょうが」
「それをいうならエルゼもなにもしてないんじゃ……」
「あたしは土魔法使えないもの。ほら、ちゃっちゃと掘って掘って。エンデも付けるから」
「えっ!? 僕は無関係だろ!?」
妹弟子から予想外の暴投を受けて、兄弟子が慌てふためく。
クーンはギガンテスに夢中で手伝ってくれなそうだし、リーンも疲れているだろうしな。この際エンデで我慢するか。
「この際ってなんだい!? 君ら最近ちょっと僕を雑に扱いすぎだろ!」
エンデが少し涙目で反論してくるが、ははは、なにを今さら。お前はそういうポジションに収まったのだ。
「さあ行くぞー。僕が固めるからお前はひたすら掘れ」
エンデの襟首を掴み、【パワーライズ】を使って強引に引きずっていく。早いとこ終わらせて帰ろうぜー。
「あっ、ちょっと冬夜!? あ、アリス! こいつを止めて!」
「お父さん頑張ってー!」
「あああ、もう! 頑張るよぅぅぅぅぅ!」
ホント、アリスのおかげで扱いやすくなったよ、お前は。
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10楼
2020-07-24 23:25
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武神樂
望月诸刃
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◇ ◇ ◇
などと鉄鋼国でひと騒動が起こっていたころ、レグルス帝国の帝都ガラリアでは────。
「お金が足りませんね……」
賑わいを見せている帝都の中央通り、その先にある中央公園の噴水に近いベンチに腰掛けて、久遠が財布の中身を取り出しながらため息とともに呟いた。
『金ですかい? 相変わらず人間ってのは変な物に振り回されてるんスね』
ベンチに立て掛けられた一振りの剣から小さな声が放たれる。近くには誰もいないのでその声は久遠にしか聞こえないはずだ。
『よくわからねぇんですけど、坊っちゃんの故郷に向かう乗合馬車の料金ってそんなに高いんですかい?』
「いや、それ自体は高くないから持っているお金で乗ることはできます」
『じゃあなにが問題で?」
「お土産を買うお金が無いんですよ……」
はぁ……とため息と共に若干六歳の少年は小さく呟いた。その顔にはいささかの苦悩と諦念が感じられる。六歳の少年がする表情ではない。
『み、土産ですかい? 別になくたってかまわねぇと思いやすが……』
「ダメです。父上と母上たちは気にしないでしょうが、姉様たちは間違いなく文句を言います。それはもうしつこいくらいに」
彼には姉が七人もいる。その中で一番優しいエルナはなにも言わないかもしれないが、その他の六人の姉は絶対に文句を言う。というか唯一の妹であるステフでさえもお土産がないと知れば文句を言うだろう。
故に買っていかないという選択肢はない。だが、乗合馬車の料金を差し引くと、何人分かのお土産が足りなくなる。適当な安物を買えば、ねちねちと嫌味を言われるかもしれない。それは嫌だ。
「お金になりそうな物はもうありませんしねぇ……」
『なんでチラッとこっちを見るんスか!? 売却不可っスよ!』
さすがに久遠もシルヴァーを売る気はない。古代機体レガシィであるシルヴァーならば、東方大陸でもかなりの額になるとは思うが、そんなことをすれば間違いなくクーンの雷が落ちる。
レグルス帝国を治める皇帝陛下は久遠の姉であるアーシアの祖父である。皇王陛下にとって、久遠は義理の孫と言ってもおかしくはないのだが、いきなり城へ行って『あなたの義理の孫ですけど、お金を貸してください』と言えるわけもなく。
「言ったところで信じてもらえないでしょうね……」
実は皇帝陛下にはすでに冬夜が話しているので、素直にお城へと行けば問題は解決したのだが、それを彼が知る由はなかった。
「最悪旅費をお土産代にして、ブリュンヒルドまで走ればなんとか……。あるいは魔獣を狩ってその素材を売れば……。こんなことならエルフの里で少し稼いでくるんでしたね……」
うーん、と久遠が腕を組み、唸りながら頭を捻っていると、立てかけてあったシルヴァーが辺りにわからぬよう小さな声で囁いてきた。
『坊っちゃん、坊っちゃん。あれ見て下せえ。なんですかね、あれ』
「ん?」
久遠が顔を上げると噴水の辺りに人だかりができていた。なにやら二人の男が集まった人たちに声を張り上げている。
「さあさあ、お立ちあい! ここにある機械人形、これこそが西方大陸で使われている『ゴレム』、人の奴隷に成り代わる新たな奴隷だ!」
「しかもこいつは古代遺跡から発掘された『古代機体レガシィ』ってやつで、半端ない力を持っている! 本来ならこんな安値で売るものじゃない、買うなら今だぞ!」
人だかりの足元を抜けて、久遠は叫んでいる二人組の前へとたどり着いた。
柄の悪そうな禿頭の大男と、目付きが鋭い痩せぎすで鷲鼻の男が人だかりに向けて熱弁している。その後ろには三メートル近くある大きな黒鉄色のゴレムが首に値札をかけて佇んでいた。
高さは四メートル近くある。胴体が大きく、頭は小さい。足が太く、腕も太い。パッと見はパワータイプのゴレムに見える。
「本当に動くのか? 動かして見せてくれよ」
「もちろんだ。おい、皆さんに挨拶しろ!」
鷲鼻の男がゴレムへ向かって命じると、黒いゴレムはその大きな両腕を頭上へと振り上げた。おおーっ、と観客から驚きの声が漏れる。
その中から小太りで身なりのいい商人風の男が鷲鼻の男へ声をかけた。
「ふむ。これはどれくらいの力が出せるのかね?」
「馬車一台を軽々と持ち上げることもできる。荷運びにも使えるし、旅の護衛にも使えるぞ。それがこの値段なんだからお買い得ですぜ」
小太りの商人風の男はしばらく考え込んでいたが、やがて懐から財布を取り出した。
「よし、ではそれを買お、」
「やめといた方がいいですよ?」
突然足元から聞こえてきた声に、驚いた商人の男は視線をそちらへと向けた。
そこにはサラサラの金髪を後ろで縛った、五、六歳ほどの少年が立っていた。手には鞘に入った小さめの小剣ショートソードを持っている。
直感だが、商人の男はこの少年がどこか普通の少年とは違うように感じた。その少年が『買うのはやめた方がいい』と言っている。
『自分の直感に従え』という、尊敬する兄の言葉を思い出し、商人の男は少年へと声をかけた。
「どうしてかね? この値段ならそれほど悪い買い物とも思えないが」
「まあ、これが本当に古代機体レガシィのゴレムならね。これ、偽物ですよ?」
「このガキ! 言いがかりつけやがって、商売の邪魔すんじゃねぇよ! 子供はあっち行ってろ!」
禿頭の大男が久遠を追い払おうと前に出てくる。首根っこを掴もうとした男の手をひょいと躱し、久遠はトンッ、とゴレムの腕を蹴ってその肩に飛び上がった。
そしてその頭に鞘に入ったままの小剣を軽く振り下ろす。カァン、という乾いた音が辺りに響き渡った。
「この音。これ、中身が入ってませんよね? ゴレムの制御中枢であるQクリスタルはどこに?」
叩くのに使ったシルヴァーから『坊っちゃん、あっしを手荒に扱わねえで下せえよ……』と、非難めいた声が聞こえてきたが久遠はあえて無視する。
「Qク……? わからねえこと言ってねえでそこから降りろ! おい、やっちまえ!」
痩せぎす鷲鼻の男がゴレムへと命令すると、黒鉄色のゴレムが動き出し、肩に乗った久遠を掴み取ろうとする。
それをひょいと躱して地面へと降りた久遠は、手にしていたシルヴァーを抜き放ち、ゴレムの前面数カ所を瞬時に斬り裂いた。
それによりゴレムの胸部装甲がゴトンと外れ、中身が外気に晒される。そこにはびっくりした顔の小男が、窮屈そうに座って操縦桿を握っていた。
「やっぱりゴレムじゃなくてドヴェルグでしたか」
ドヴェルグはストランド商会が売り出している土木作業機械である。ゴレムとは違い、人が操らなければ動かない機体だ。
一般的に世間にはまだあまり流通しておらず、今現在は大抵が国家のインフラ設備に投入されている。
ドヴェルグもかなり高価なものではあるが、古代機体レガシィのゴレムとは比べたら遥かに安い。
つまりこの二人、いや、ドヴェルグに乗った男も含めて三人は詐欺を働こうとしていたわけだ。
しかし売った後、中に入った小男はどうやって逃げるつもりだったのだろうか。穴だらけの詐欺に久遠は首を傾げたが、夜中にでもこっそりとドヴェルグごと逃げ出すつもりだったのかもしれない。
「ちっ……! このクソガキが! 邪魔しやがって!」
禿頭の大男が容赦ない蹴りをかましてくるが、久遠はそれを避け、ぽん、と大男の腰を叩く。
「【パラライズ】」
「ぐえっ!?」
蛙を潰したような声とともに大男がその場でくずおれる。
そのまま流れるように久遠はシルヴァーで黒鉄色のゴレム、もといドヴェルグの両手両足を切断した。
「ぶっ!?」
前のめりに倒れたドヴェルグに閉じ込められ、中に入っていた小男は出られなくなる。
「くっ……!」
「逃すか!」
「ぎゃっ!?」
逃げ出そうとしていた鷲鼻の男が、見物人の一人に取り押さえられ地面へと叩きつけられる。逃がすまいと【固定の魔眼】を使おうとしていた久遠は、すんでのところで魔眼の発動を止めた。
「おい、誰か騎士団呼んでこい!」
「なにか縛る物よこせ! そこの鉄屑の下にいるやつも捕まえろ!」
なぜか見物人たちがわあわあと騒ぎつつ、三人の男たちを捕らえている。いくらなんでも子供に捕縛は無理と思われたためであるが、久遠は気にせず服の埃を払っていた。詐欺師がどうなろうと知ったことではない。
「君! いや、助かったよ。ありがとう。もう少しでで騙されるところだった」
商人の男が久遠へと礼を述べてくる。久遠が介入しなければあのドヴェルグを数倍の値段で買わされていたところだったのだ。
珍しい物であったので、つい先走ってしまったことを商人の男は反省していた。兄に『お前はまだまだ甘い』と言われても仕方がないな、と心の中で恥じる。
「この時代、東方大陸ではまだドヴェルグやゴレムは一般的に流通してませんからね。騙されるのも仕方ないと思いますよ」
「この時代?」
「ああ、いえ、お気になさらず」
実は東方大陸でもゴレムやドヴェルグもそれなりに流通し始めてはいるのだが、未だ国家優先の取引が多いので世間的には噂程度でしか知られていない。
すでに目ざとい商人は独自に西方大陸へと渡り、自分で買い付けをしたりしているので、世間的に広まるのはこれからだろう。
とはいえ、庶民がそう簡単に買えるものでもないのだが。
「助けてくれたお礼に何かしたいところだが……君、親御さんは?」
「ああ、えっと、一人旅をしているところでして……親は今いないんです」
「なんと……! それは大変だね……」
商人の男は目の前の少年をあらためて見た。見たところまだ五歳か六歳だろう。一応剣を持ってはいるようだが、子供の一人旅にそれだけでは心許ない。先ほどの戦いからそれなりの腕はあるようだが、いくらなんでも無防備すぎる気がした。
「どこか行くあてはあるのかい? 私はこれからロードメア連邦へ行くんだが、よかったら乗っていくかね?」
「あー……、ありがたい申し出なんですけれども、行き先が正反対でして……。ブリュンヒルドへ行くつもりなんですよ」
惜しい。行き先が反対ならぜひ乗せてもらいたかった。それならお土産もなんとか買えるし、お金を稼ぐ必要もなくなったのに、と久遠は心の中で落胆した。
「ほう、ブリュンヒルドかい! ならちょうどいい。私の兄がブリュンヒルドに店を持っていてね。今、帝都に来ているんだが、数日後に帰る予定なんだ。久しぶりにここで会おうと待ち合わせをしているんだが、兄に君を乗せてくれるよう頼んであげるがどうかね?」
「本当ですか!? 助かります!」
久遠はありがたくこの申し出を受け入れることにした。これでお土産も買える。姉たちにぐちぐちと嫌味を言われることもない。願ったり叶ったりだ。
久遠が喜んでいると、商人の男が自分の背後にいる誰かに気がついたように大きく手を振った。
「兄さん! こっちだ!」
「久しぶりだな、バラック。ん? その子は……?」
「あ、僕は……えっ!?」
振り向いた久遠は、そこに見知った顔があったのに驚く。そこにいたのは久遠の知っている姿より幾分か若いが、間違いなくブリュンヒルド王室のお抱え被服商、ザナック・ゼンフィールドであった。
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2020-07-24 23:28
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2020-07-25 07:30
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可恶的度娘
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15楼
2020-07-25 10:31
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