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【生肉】261-完结

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很久没看发现完结了。


IP属地:广东来自Android客户端1楼2022-06-12 15:31回复
    261
    ※加糖気味です。胸焼け注意。
    転生王女の挨拶。
     日々が目まぐるしく過ぎ去っていく。
     というか、本気で忙しすぎて目が回りそうだ。
     婚約が纏まり、結婚までの約二年。
     一つ一つ婚礼の準備を整えていく過程で、ゆっくりと心の準備をする。
     その合間の時間で、ふと家族と離れる事に寂しさを覚えたり、結婚生活について不安を覚えたりもするだろう。その都度レオンハルト様と話し合って、乗り越え、徐々に夫婦になっていく。
     ……なんてものを夢見ていた訳ですが。
     そんなセンチメンタルは一切合切、どこにも見当たらない。
     勉強や領地についての相談、医療施設建設に向けての会議、その他諸々。ほんの少しの空き時間に、結婚の準備を無理やり捻じ込まれている状態なので、立案、検討、承認と流れ作業みたいになっている。ロマンの欠片もない。
     時間があるから余計な事を考えて不安になるのであって、そもそも余分な時間がない私は不安になる隙すらないのだった。やったね(ヤケ)
     そんな中、どうにか時間を空けて、レオンハルト様と二人でご両親に挨拶に来ている。
     もちろん婚約式にはご出席いただいたし、その前にも顔合わせは済ませている。でも公式の場で王女としてではなく、ちゃんと私個人としてお話ししたかった。
     大事なご子息が急に十五も年下の王女と結婚するなんて聞かされたら、きっと驚いただろうし、心配もしたと思う。
     王女の我儘に巻き込まれる形での結婚で、拒否権はなかったんじゃないかとか。一時の感情で結婚して、すぐに離婚する羽目になるのでは、とか。
     どうせなら、ご家族にも祝福されての結婚でありたい。
     だから結婚する前にちゃんと話し合って、食い違いがあるなら正したいし、納得出来ていないのなら説明したい。
     もし今から反対されても、レオンハルト様との結婚を諦めるのは無理だとして。納得していただけるまで延期するのは、現段階ならまだ可能だと思う。
     なので!
     今日は気合いを入れて参りました。
     息子さんを私にくださいとか言ったら仰天されそうなので言わないけど、心意気はそんな感じだ。
     私が十年近く溜め込んできたレオンハルト様への愛を、披露するべき時。
     そう鼻息も荒く意気込んでいた訳ですが。
    「姫君? どうされました」
    「……いえ、あの、その。距離が近いかなぁって、思ったり」
    「嫌?」
    「嫌な訳ないですけど!」
     レオンハルト様への愛情をここぞとばかりに語ろうと思っていたのに、現在、何故か押され気味です。
     レオンハルト様のご両親は王都のタウンハウスではなく、領地の邸宅に住まわれているので、馬車で伯爵家の所領へと向かっている道中。
     久しぶりに会えたレオンハルト様と、色々とお話ししたいなぁと思っていた。お互いの近況を報告して、会えない時間を埋めて。ちょっと触れ合えたりなんかしたら、嬉しいなって。
     けれど私のそんな妄想は、彼が正面ではなく隣へと腰を下ろした事で吹っ飛んだ。
     しかも距離を少し空けてとかではなく、普通に触れ合っている。なんなら腰を抱かれた上で、手を握られている。
     ぎっちり隙間なく密着している現状を、私はどう受け止めていいか分からない。
    「では、鬱陶しい?」
     表情にさして変化はなかったものの、少しだけ瞳に不安が滲む。
    「そんな事、欠片も思っていません!」
     不安を払うべく力強く否定すると、レオンハルト様はほっと安堵したように息を吐く。
    「なら、触れさせて。姫君が足りないんです」
     そう言ってレオンハルト様は、私の髪に鼻先を埋める。そこで息を深く吸い込まれて、卒倒しそうになった。
     あー、お客様困ります! 過剰摂取は困りますー!
     涙目になりながら、心の中で叫ぶ。
     レオンハルト様が私を嗅ぐという事は、逆も然りだ。がっつり彼の香りに包まれていて、落ち着かない。
     なんか滅茶苦茶良い匂いがするんですけどー!?
     頭の中で騒ぎすぎて、疲れてきた。
     ご両親に会う前に、既に精魂尽き果てそうだ。
     ぐったりとした私を見て、レオンハルト様は苦笑する。
     握っていた手を離し、上体を傾けて私を覗き込む。大きな手で頬を撫で、髪を耳にかけてくれた。
    「まだ慣れません?」
    「はい……。もうちょっと待っていただけると嬉しいなぁ、なんて」
    「それは残念。本当なら、膝に乗っていただきたかったんですけど」
    「……子供扱いしないでください」
     異性として距離を詰められると尻込みしてしまうのに、子ども扱いは嫌だなんて、我ながら面倒臭い。


    IP属地:广东来自Android客户端2楼2022-06-12 15:32
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       でもつい、拗ねたように言ってしまう。
       レオンハルト様なら許してくれるという甘えが、根っこの部分にあるんだろう。
       軽く目を瞠ったレオンハルト様は、次いで、意味ありげに目を細める。
       口角を薄く吊り上げるその笑みは艶っぽく、直視すると腰が砕けてしまいそうな色香を纏っていた。
       頬を辿る指先は、さっきまでの慈しむような触れ方ではなく、どこか官能的で。身を屈めたレオンハルト様は、私の耳元に顔を近づける。
       吐息が耳朶を掠めた瞬間、体が大きく跳ねた。
      「子供ではないから、膝に乗せたいのですが」
      「……っ!?」
       掠れた甘い声に、腰が抜けそうになった。
       目を見開いたまま固まり、真っ赤な顔になった私を見て、レオンハルト様は楽しそうに喉を鳴らして笑う。
       どうやら、からかわれたらしい。
      「…………」
       無言で恨みがましい目を向ける。
       掌の上で踊らされて悔しいけど、楽しそうなレオンハルト様はとても素敵。そんな複雑な心情を抱えつつ、せめてもの抗議として胸板を軽く拳で叩く。
      「すみません。怒らないで」
       叩いた拳をそっと握られ、宥めるように額に口付けを落とされた。
       甘すぎて、眩暈がする。
       仕草一つ、言葉一つが私を甘やかしてきて、もうどうしたらいいか分からない。片思い期間が長すぎたせいで、突然の過剰供給にまったく対応出来ていないのが現状。
       レオンハルト様は慣れていそうなのがまた、居た堪れなさに拍車をかける。
       淑女らしく、落ち着いた返しをしたいのに。
      「久しぶりに貴方に会えて、年甲斐もなく浮かれているようです。呆れていないのなら、どうか少し付き合ってください」
       眉を少し下げて、そんな事を言う間も、手は私の髪を一房絡めていて。
       恋人……否、婚約者としてのレオンハルト様の手強さを改めて知った。レベルが違い過ぎて、一生勝てる気がしない。
       恋愛モード入ったレオンハルト様の強者感よ。
       実は、もっと淡泊な対応を想像していたんだけどなぁ。
       優しく丁寧に扱ってくれるけれど、紳士的過ぎて一向に距離が縮まらない。物足りないなんて贅沢だけど、もうちょっと強引でもいいかも……? とか一昔前の少女漫画みたいな葛藤するとばっかり思っていたのに。
       こんなスキンシップ過多なんて想定外です……!
       ちらりと斜め上を見上げると視線が合う。言葉を促すようにレオンハルト様は、小首を傾げた。
       嗚呼、顔が良い。
      「ちょっと、可愛くないこと言っていいですか?」
      「たぶんオレにとっては可愛いですが、どうぞ」
       そ、そういうとこだぞ……!?
       さらりと甘い言葉を吐かれて絶句する。
       なんて事を言うんだ、この人。しかも、さも当然の話かのように、照れも含みもないのはどういう事だ。
       さっきからずっと、顔は赤いまま。熱が全く引いてくれない。
       愛しいものを見るような眼差しが落ち着かなくて、ちょっと視線を逸らした。
      「……レオン様、慣れているなぁって、思って」
       予想外だったのか、ちょっと間を空けてから「慣れている、ですか」と私の言葉を繰り返した。
       以前、恋人がいたのも、婚約者がいたのも知っていた。
       それは納得済で掘り返すつもりはなかったのだけれど、こうしてその手腕を発揮されるとちょっと複雑な気持ちになる。
       前の恋人にも同じように愛を囁いたのかなとか、実はスキンシップが好きな事も知っている人が大勢いるのかなとか。
       過去の事を言ってもどうしようもないと分かっているのに、気にする自分が嫌だ。
       そんな心境をぽつぽつと語ってから、居た堪れなくなった。
      「……なんて、ただのつまらない嫉妬です」
       重たい空気を払拭する為に、わざと冗談めかした感じに締め括る。
       けれどレオンハルト様は誤魔化されてはくれない。かといって深刻に受け止め、困り果てているという風でもなく。
       目を軽く見開いたまま固まって、私を凝視している。
       なんだろう、私、そんなにも常識から外れた事を言っちゃった……?
       もしくは、そんな性格だと思われてなかったとか。どうしよう。がっかりされていたら、たぶん立ち直れない。
      「……これが計算ではない、だと……?」
       レオンハルト様は小さな声で、独り言めいた呟きを洩らす。意味が分からずに視線で問うと、きゅっと眉間に皺が寄る。「末恐ろしい」という言葉は、良い意味だと嬉しいけれど、たぶん悪い意味。なんか常識外れな事をしでかしてしまったんだろう。


      IP属地:广东来自Android客户端3楼2022-06-12 15:33
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         訳が分からずに泣きそうになっていると、レオンハルト様は困り顔で笑う。抱き寄せられて、宥める為の口付けをコメカミや目尻に降らす。
        「ああ、ごめんなさい。そんな顔をしないで」
        「わたし、何か駄目なことを……」
        「違います。貴方がオレの予想を遥かに超えて、可愛らしい事を仰るから」
        「……?」
         ねちねちと昔の事を掘り返して責めるなんて、可愛げの欠片もないと思うのに。
         私に気を遣わせない為の優しい嘘かと思ったけれど、覗き見たレオンハルト様の顔はとても嬉しそうで。どうやら本気でそう思ってくれているらしいと分かった。
         レオンハルト様は変わった趣味の方なのかもしれない。


        IP属地:广东来自Android客户端4楼2022-06-12 15:33
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          262
          ※引き続き加糖気味です。胸焼け注意。
          転生王女の挨拶。(2)
           伯爵領は遠かった。
           距離的には王都からそれほど離れてはいないが、私にはかなり長い時間だと感じた。
           隙あらば甘やかそうとしてくるレオンハルト様の猛攻に、私が太刀打ち出来るはずもない。ひたすら押されて、たじたじとなっている。
           なんかもう、全身がドロドロに溶けそう。
           到着時には既に、私は私の形をしてなかったんじゃなかろうか。
           ふわふわして足元が覚束ないような情けない状態で、ご両親にお会いするとは不覚。しっかりした嫁を貰ったと思ってもらえるよう、頑張ろうと目論んでいたのに……!
           レオンハルト様に支えてもらっている現状では、どう考えても無理。
           腰に回ったレオンハルト様の腕を、こっそり叩く。離して、という意図を込めて見上げるが、なんと笑顔でスルーされた。
           空気読みスキルが高い彼には、絶対に伝わっている筈なのに。
          「足元に気を付けてくださいね」
          「……はい」
           納得出来なくて軽く睨みながらも頷くと、彼はふっと息を吐くように笑った。くそう、本当に顔が良いな。
           私が敗北感を覚えるのとほぼ同時、周囲が僅かに騒めいた気がした。
           あからさまに声を上げるのではなく、息を呑むような気配。それも複数。
           なんだろうと顔を上げた私は、ポカンとした顔のご両親と目が合った。
           そして、私達が馬車を降りる前は、凛々しい顔付きで整然と並んでいた騎士の皆さんや、使用人の方々までもが、一瞬呆気にとられた表情で固まったのを私は見逃さなかった。プロフェッショナルな皆さんは、すぐに何事もなかったかのようにピシッとしていたけれど。
           つまりそんなプロ根性のある方々でも二度見する、あり得ない姿だって事だよね。
           恋愛脳こじらせたヤベェ王女が来たとか思われていたら、どうしよう。つらい。
          「ようこそ。本日は遠路はるばるご来訪いただき、ありがとうございます」
           動揺を隠すような咳払いの後、そう言って笑顔を向けてくれたのは、レオンハルト様のお父様で伯爵家当主でもある、グレゴール・フォン・オルセイン様。
           白髪交じりの黒髪に黒い瞳。顔立ちはレオンハルト様との血の繋がりを感じるが、お父様の方が野性味が強い。強面にも見える顔付きを、人好きのする笑顔がマイルドな印象に変えている。大柄で逞しい体躯は現役の騎士と比べても遜色なく、五十路に差し掛かったとは思えない。
          「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中へ」
           隣に並び立つのは奥様の、ガブリエラ様。
           結い上げた栗色の髪はふわふわと柔らかそうで、眦の下がった大きな瞳は綺麗な琥珀色。ご当主の三歳下だと聞いているので、四十代後半な筈だが、とてもそうは見えない。少女めいた可愛らしい顔立ちと、小柄で細身な体つきは庇護欲を掻き立て、レオンハルト様のお姉様……ううん、下手したら妹さんだと言われても信じてしまうかも。
           そしてお二人から少し下がった場所には、レオンハルト様の上の弟さんである、マルティンさん。
           柔和な顔立ちと明るい色彩はお母様似で、お父様やレオンハルト様、それから下の弟さんとは系統が違う。
           どちらかと言うと武官よりは文官風の容姿だが、体つきは細身ながら、筋肉はしっかり付いていた。
           その彼の隣は、下の弟さんであるケヴィンさん。
           前述の通り、髪色と瞳の色、それから顔立ちはお父様系統。大柄で長身、でも不思議と子犬を連想させる可愛らしい感じの方だ。
          「……?」
           ご家族を順番に見ていた私は、ふと感じた違和感に首を傾げる。
           そしてすぐにその正体に気付いた。お母様もマルティンさんも、ぽやんとした空気の癒し系だと記憶していたんだが、今日は少し表情が硬い。
           何故だか気遣うような眼差しが、時折私に向けられる。
           私が気に食わないとか、結婚に反対しているような感じではないと思うんだけど……なんだろう。気になる。
           通された部屋で身支度を整えていると、お母様からお茶のお誘いがあった。
           優しい方なので緊張する必要はないんだけど、さっきのお顔が少し気になる。
           隣の部屋のレオンハルト様と合流すると、彼も同席すると言ってくれた。
           しかし、弟さん……マルティンさんから別の申し入れがあったのは、その直後だ。
          「手合わせ?」
           レオンハルト様は、微かに眉を顰める。
           ちょっと不機嫌そうな表情は、顔立ちが整っているからこそ迫力がある。しかしマルティンさんは動じなかった。
          「ええ。久しぶりにお帰りになったのですから、ケヴィンや騎士団の皆に稽古をつけていただけませんか」
           にっこりと、お手本のような笑顔だが、引こうとする気配が一切ない。強い。


          IP属地:广东来自Android客户端5楼2022-06-12 15:34
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            「なにも今日でなくてもいいだろう。姫君をお一人にする訳には……」
            「レオン様」
             断ろうとするレオンハルト様の言葉を、私はやんわり遮る。
            「私なら大丈夫ですから」
            「オレが貴方の傍を離れたくないんです」
             おおう。
             真面目な顔で言い切られ、キュンときた。
             トキメキ過ぎて不整脈を起こしそうな心臓をそっと押さえながら、レオンハルト様を窺うように見上げる。
            「レオンハルト様の雄姿を、私も見たいです」
            「……危ないですから」
             レオンハルト様は、一瞬言葉に詰まる。少し迷う素振りを見せた彼に、マルティンさんが「二階のテラスからなら問題ないのでは?」と助け船を出してくれる。
            「まぁ、それなら」
             じっと期待の眼差しを向けていると、根負けしたかのように頷いた。
            「ではその旨、母上に伝えて参りますね。お茶の準備もそちらにさせますので」
             そう言ってマルティンさんが退室すると、レオンハルト様は私に向き直る。
             自然な動作で正面から抱き寄せられた。肩口で彼は、大きな溜息を吐き出す。
            「れ、レオンさま……?」
            「せっかく丸一日、貴方の傍にいられると思ったのに」
             拗ねたように呟くレオンハルト様に、さっきの比でないレベルでトキメいた。キュンじゃなくてギュンだった。
             無意味な言葉を喚き散らして床の上を転がりまわりたい、謎の衝動と戦っている。
             だって、かわ、かわいい!! あまりにも可愛い!!
             普段は余裕のある大人の男性なのに、こんな時ばっかり拗ねた口調で甘えてくるとか狡い。狡過ぎる。すき。
            「王都に戻ったら、また別々に過ごす日々が始まってしまう。だから今日は、貴方に鬱陶しいと呆れられても、ずっと引っ付いているつもりだった」
             ああぁあああ、かわいいいいい……!
             うちの(未来の)旦那様、可愛いが過ぎる……!!
             窓を全開にして、そこから愛を叫びたい。
             ご家族と領民の皆様にヤベエやつだと思われたくないからどうにか我慢してるけど、ちょっと気を抜いたら窓に駆け寄りそうだ。
            「私も毎日傍にいたいんですから、鬱陶しいなんて思う訳ないです」
             肩口に押し付けられていた頭に手を伸ばし、髪に指を差し込む。
             よしよしと撫でると、レオンハルト様は動きを止めた。ほんの少しの間を空けて、控え目に掌に頭を押し付けられる。
             もっと撫でろって!?
             猫ちゃんですか、可愛いなもう!
             摩擦熱で発火しそうなくらい撫で回したいのを、唇をきゅっと噛む事で耐える。
             その代わりに慎重な手付きで、繰り返し撫でた。
            「でも、恰好良いお姿も見たいんです。……私の我儘、聞いてくださいますか?」
            「……その言い方は狡い」
             ちらりとこちらを向いたレオンハルト様の目元は、赤く染まっている。
             可愛いなぁ、という気持ちを隠しもせずに撫でていると、彼は少し複雑そうな顔をした。
             何かを考えているように数秒視線が彷徨い、再度私の方を向く。
             瞬きもせずにじっと見つめられ、思わずたじろいだ。すると口角を吊り上げたレオンハルト様は、私の耳元に唇を寄せる。
            「なら、見ていて。惚れ直してくださいね?」
            「っ!」
             ちゅっとダイレクトに響くリップ音は、たぶん耳朶に口付けられたのだろう。衝撃を受けて、意味をなさない奇声が洩れた。
             耳まで赤くなった私を見て、レオンハルト様は満足そうな笑みを浮かべる。
             か、かわいくない……!
             けど恰好良い……!
             翻弄されているのは悔しいけれど、好きだから結局は許してしまう。
             手合わせを見るまでもなく、毎秒惚れ直しているなんて知られたら、またからかわれるので言わないけど。


            IP属地:广东来自Android客户端6楼2022-06-12 15:35
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              263
              ※レオンハルトのお母様、ガブリエラ・フォン・オルセイン視点となります。
              伯爵夫人の憂慮。
               私がオルセイン伯爵家に嫁いだのは、十六の春。
               翌年に生まれた長男レオンハルトは、親の欲目を抜きにしても出来た子だった。
               聡明で快活、何をやらせても器用に熟す。特に剣術の上達は目覚ましく、夫もお義父様も、指導に熱が入っていた。
               本人も慢心する事はなく、地道に努力を重ね続け、成人を迎える頃には剣術に於いて敵なしとなる。
               性格は穏やかで面倒見が良く、次男と三男もレオンハルトに懐いている。友人も多く、気が付けばいつも輪の中心で笑っていた。
               女の子にも人気が高いようだったので、親の方で婚約者を決める事はしなかった。
               幸いオルセイン伯爵家は裕福で、家の都合で結婚させる必要性は特にない。貴族である以上、ある程度の制約はあるが、なるべく息子達には愛する人と結婚して欲しいと願っていた。
               年頃になると、お付き合いをしている女性も出来たようだ。しかし、結婚の報告もすぐに聞けるだろうという私達の予想は外れ、何年経っても身を固める様子がない。
               痺れを切らした夫が婚約者を決めてきた時、私は少しだけ不安になった。
               相手のお嬢さんに不満があるのではない。慎ましく美しい方で、性格は温厚。それにどうやら、レオンハルトの事を好いてくれているようだ。
               恋仲と呼ぶには距離があるけれど、二人は良い関係を築けているように見えた。だからこの不安は私の杞憂。もしくは息子を取られたくないという、母の身勝手なのだと自分に言い聞かせた。
               けれど、嫌な予感ほど当たるもの。
               二人の間がぎこちなくなり、程なくして婚約は解消された。
               レオンハルトは自分に非があるのだと主張はしても、詳しい理由までは話してくれない。お相手の方も、同じ。己を責め、それ以上の理由は言わなかった。
               若い二人の心に大きな傷を作ってしまった事を、夫も悔いている。
               レオンハルトに縁談を持ち込む事は止め、私達はそっと見守る事にした。
               その後、レオンハルトは恋人を作る様子もなく仕事に打ち込んでいる。
               花形である近衛騎士団に在籍し、女性にも人気だという話は領地にまで届いても、浮いた噂は聞こえてこない。
               とある高貴な御方に見初められたなんて信憑性に欠ける噂が流れても、相変わらず仕事一筋なようで、ついには騎士団の団長という地位まで上り詰めた。
              『自分は結婚に向いていないと、アイツが零した』
               レオンハルトが久しぶりに帰ってきた日の翌晩。夫がそう言った。
               婚約解消となってから私達にも少し距離を取っていたのに、昨日は遅くまで夫とワインを飲みながら話をしていたようだ。
               次男であるマルティンの婚約が決まったと聞いて、たぶん安心したのだろう。
               ぽろりと零したレオンハルトの弱音に、夫は『そうか』と頷くだけに留めたらしい。悩み、傷付いている息子に、掛ける言葉が見つからなかったと夫は項垂れた。
              『愛情が欠落していると言っていたが、そうではない。おそらく、愛しいと思える相手をまだ見つけられていないだけだ。……確証なんてないから、言えなかったがな』
               オルセイン家の男性は、基本、愛情深い。
               これと決めた相手以外に余所見はせず、深く愛情を注ぐ。
               夫の大叔父に当たる方は若くして婚約者に先立たれ、生涯独身を貫いたと聞く。数代前のご当主の兄君もずっと独身を通していたが、六十手前で愛する方と出会い、翌年に結婚したそうだ。
               どの方も、替えの利かないただ一人を求めている。
               レオンハルトもおそらく同じ。
               けれど私も、下手な慰めは言えなかった。
               だって、その方と出会う保証なんて何処にもない。一生巡り合えない可能性もある。
               希望を見せられた後の絶望は、より深い。
               それくらいなら、今のままでいいのではと私は思い始めた。
               我が家には息子はあと二人いるし、マルティンは婚約者と仲睦まじい。ケヴィンは夫に付いて、領地経営を学んでくれている。
               長男だからと、無理に結婚させる必要はない。
               私は息子達が幸せであってくれたら、それだけで十分。
               そう思っていたのだけれど、人生はどう転がるか分からない。
              「ガブリエラ様、お招きありがとうございます」
               緊張した面持ちで微笑むのは、長男レオンハルトの婚約者。
               ネーベル王国第一王女、ローゼマリー・フォン・ヴェルファルト殿下。
              「突然お呼びしてしまって、ごめんなさい。驚いたでしょう?」
              「いえ、私もガブリエラ様とお話ししたかったので」


              IP属地:广东来自Android客户端7楼2022-06-12 15:36
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                 少し恥ずかしそうにはにかむ姿は、同性の私でも見惚れてしまう程に美しい。
                 この国で最も尊い女性のお一人でありながら、驕った部分のない稀有な方。
                 とても聡明な方で、華々しい功績をいくつも残していると聞く。王妃陛下に似た華やかな美貌は一見近寄りがたく見せるが、ご本人はとても気さく。春の日差しを紡いだプラチナブロンドと蒼天の瞳に似合いの、陽だまりのように温かな女性だ。
                 まるで奇跡を集めて人の形を作ったようなこの方が、息子のお嫁さん。
                 正直に言うのなら、理解が追い付かなかった。喜びと不安が拮抗している。
                「レオンハルトは、二人きりの時間を邪魔されたと怒っているでしょうね」
                 私の言葉を聞いて、お顔が赤く染まる。
                 おそらく、それに近い事は言われたんだろう。我が息子ながら分かりやすい。
                 レオンハルトがローゼマリー様を、心の底から愛しているのはすぐに分かった。
                 でなければ、あんな顔をするはずがない。愛しくて堪らないのだと語る目と、柔らかな表情。見た事もないくらい、幸せそうな微笑み。
                 ずっと探していた半身を得た、満たされた男の顔をしていた。
                 レオンハルトが愛しい方と出会えた事はとても喜ばしく、思わず神に感謝を捧げたくらい嬉しい。
                 ただ、その相手が想定外過ぎた。
                 咲き初めのバラのように美しく、才気溢れる年若い王女。きっとこの先、もっと美しく魅力的になる。多くの男性がこの方に焦がれ、愛を得ようと列をなすだろう。
                 そんな方が十五も年上のレオンハルトを、ずっと愛してくださるだろうか。
                 そして、たった一人だけに向けられる深く重い愛を、潰れずに受け止めきれるのか。
                「あ」
                 物思いに耽っていた私は、小さな声に意識を引き戻される。
                 ローゼマリー様の視線は私の方ではなく、バルコニーの下へと向いていた。
                 鍛練場に丁度、レオンハルトが出てきたところだ。
                 上着を脱いで白いシャツとトラウザーズだけの軽装だが、長身だからか目立つ。背筋の伸びた立ち姿は凛々しく、洗練されていた。
                 ローゼマリー様の花弁のような唇から、ほぅ、と吐息が零れる。
                 熱の籠った瞳には、ただ一人、レオンハルトだけが映っている。
                 どうやらローゼマリー様も、レオンハルトを好いてくれているようだ。
                 その好意が、紳士的な騎士としての一面に抱いた淡い憧れでなければもっと嬉しい。
                 じっと見つめる私の視線に気付いたのか、ローゼマリー様は頬を染める。僅かに焦りを見せながらも取り繕う。
                「り、立派な鍛練場ですね」
                 確かにオルセイン家の鍛練場は、規模も大きく設備も整っている。武人を多く輩出する家系故だろう。
                 けれどローゼマリー様が熱心に見つめていたのが鍛練場でない事は、誰の目にも明らかだ。給仕をしていた侍女や近くに立つ護衛が、一瞬動揺していたのがそれを証明している。
                 絶世の美女の口から出るには、あまりに拙い言い訳。
                 その落差に胸がときめいたのは、きっと私だけではない。
                 息子のお嫁さんが、可愛らし過ぎる。
                「ありがとうございます。オルセイン家は武芸に長けた人間が多いので、広めに設計されているのですよ」
                 平静を保って微笑むと、安堵したように笑う。
                 けれどすぐに視線はレオンハルトに吸い寄せられる。
                 剣で打ち合う姿に見惚れているローゼマリー様を見ていると、私の不安も少しずつ解けていく気がした。
                 凛々しい顔付きで騎士達を指導していたレオンハルトは、ふと視線を上げる。ローゼマリー様をすぐに見つけ、嬉しそうに笑う。
                 ひらりと手を振ると、ローゼマリー様も満面の笑みで手を振り返した。
                 心配するのも野暮なのではと思うくらい、お互いしか見えていない。
                 いいえ、人の心は移ろうもの。熱量が高ければ高い程、恋の寿命は短い事が多い。
                 末永く傍にいていただく為には、レオンハルトの長所だけでなく短所も、早めに知っていただいた方がいい。
                 けれど人に甘えるのが下手なレオンハルトが、愛しい方の前で情けない顔を見せられるだろうか。
                 そんな心配をしながら見守る先、鍛練場では、レオンハルトの視線を辿ってローゼマリー様を見つけた騎士達が騒めいている。
                 美しい方の視界に入っていると知り、浮き立つのは仕方のない事。健全な青少年らしい反応は微笑ましくある。
                 しかしどうやらレオンハルトは、そう思わないらしい。
                 遠目にも、機嫌が下降した事が見て取れた。
                 なんて心が狭いの。
                 三十路になってその狭量さは、母として心配になる。寧ろ、十年前の方が落ち着いていたような。


                IP属地:广东来自Android客户端8楼2022-06-12 15:38
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                   さっきよりも厳しくなった指導を眺めながら、私は溜息を吐いた。
                  「……心の狭い息子で、ごめんなさい」
                  「えっ」
                   ローゼマリー様は目を丸くする。
                  「もし何か困らされているのなら、遠慮なく仰ってください。私や夫から言って聞かせますので……」
                   だからどうか、見捨てないでやってほしい。
                   きっとこの方を失ったら、レオンハルトはもう息も出来なくなってしまうから。
                  「いいえ。困らされている事なんてありません」
                   私の懸念を知ってか知らずか、ローゼマリー様はきっぱりと否定した。
                   気遣いではなく、心からの言葉であったらどれだけ嬉しいか。
                   信じたいのに、信じるのが怖い。
                   そんな私の逡巡を読み取ったのか、ローゼマリー様は僅かに俯いて考える素振りを見せてから、顔を上げる。
                  「私がレオンハルト様を好きになったのは、十年以上前です」
                   決然とした顔付きで、ローゼマリー様はそう切り出す。
                   すぐには意味が理解出来ず、「え?」と呆気に取られた声が洩れた。
                  「子供の淡い初恋……だったら良かったんですが、それからずっと追いかけ続けてしまいました。困らせた回数なら、私の方が圧倒的に多い筈です」
                   恥ずかしいのか、形の良い耳の先が赤く染まっている。
                   眉を下げて、苦く微笑んだ。
                  「十五も年下の子供に好意を示されて、しかもその相手は王女ですから。たぶん、とても困らせたと思います。ですがレオンハルト様は子供だからと誤魔化さずに、誠実に向き合って、私の為に突き放そうとしてくれました」
                   振られかけたお話なのに、ローゼマリー様は柔らかく眦を緩める。
                  「でも、そんな優しい方を諦めるなんて無理です。まだ振らないでと食い下がって、ずるずると引き延ばして……ようやく振り向いて貰えました」
                   幸せそうな笑顔に、嘘は一つも見つけられない。
                   心からの言葉を聞いて、私は胸が詰まる。
                   レオンハルトの凍り付いていた心を、この方がずっと温めてくれていたのか。
                   諦めて一人になろうとするのを許さず、ずっとずっと、追いかけてくれた。そのお蔭で今があるのなら、私が感謝すべきは神ではなく、この方だ。
                   叶う見込みのない恋に、何度も泣いたはず。それに魅力的なこの方には、他に沢山、甘い言葉を囁いてくれた方がいたでしょう。
                   それなのに諦めないでいてくれて、ありがとう。目移りせず、追いかけてくれてありがとう。
                   息子を愛してくれて、本当にありがとう。
                  「……ローゼマリー様」
                  「はい」
                  「抱き締めても良いでしょうか?」
                  「はい、……えっ?」
                   一度頷いてから遅れて理解したのか、戸惑っているローゼマリー様の傍らに立つ。細い体を、そっと腕の中に閉じ込める。王女殿下になんてご無礼をと思いつつも、気持ちが抑えきれなかった。
                  「レオンハルトを、どうぞ宜しくお願い致します」
                   万感の思いを込めて告げると、小さな肩がピクリと跳ねる。
                   顔を上げたローゼマリー様は、真剣な顔で頷いた。
                  「はい。私の全てで以て、必ず幸せにしてみせます」
                   可愛らしい容姿で、なんて格好良い事を言うのだろう。
                   うちのお嫁さんは、息子よりも男前かもしれない。


                  IP属地:广东来自Android客户端9楼2022-06-12 15:38
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                    264
                    あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
                    ※近衛騎士団長レオンハルト・フォン・オルセイン視点となります。
                    騎士団長の幸福。
                     オレの婚約者がとても美しい人なのは、分かっていた事だ。
                     惚れたのは容姿ではなく内面だが、ローゼマリー様を愛しく思うようになってからは、あの方の魅力の一つだと認識するようになっている。
                     王妃陛下の華やかさと国王陛下の気高さの両方を持ち合わせた容姿は、小さい頃から人目を引いた。吟遊詩人の詩、絵画、噂と、形を変えながら広がっていき、正式な国交のない遠い島国の人々にまで知れ渡っているらしい。
                     生真面目な人柄を反映して、少し硬さのある薔薇の蕾のようだった美貌は、年を重ねるごとに柔らかく、鮮やかに花開く。昔から魅力的な人だったが、今はまた別種。
                     好みは千差万別といえど、今のローゼマリー様を見て『美しくない』と言える人間はいないだろう。
                     だから、現在置かれている状況は当然とも言える。
                     女性や幼子でも見惚れるのだ。
                     年若い騎士らが魅了されるのは無理のない話。
                     頭ではそう理解しているのに、感情が伴わない。
                     見るなと叫びそうになった。
                     現在も、オレに向けたローゼマリー様の微笑みを目にして、赤面している男ども全員を殴り倒して、記憶を消したい衝動と戦っている。
                     指導をしながらも、苛立ちが抑えられなかった。
                     オレが振り下ろした訓練用の剣を、若い騎士は必死になって受け止める。
                     力で押し返そうとしている為、他に全く気を配っていないのが丸わかりだ。剣に込めていた力を抜けば、あっさりとバランスを崩す。
                    「脇が甘い!」
                    「はいっ!」
                     数度打ち合うとそれは顕著になり、晒された急所に寸止めで剣を当てた。息を呑む青年に、「防御を疎かにするな」と告げる。
                    「はい! 申し訳ございません!」
                    「次!」
                    「お願い致します!」
                     代わる代わるやってくる騎士らを、端から沈めていく。
                     本来ならばもう少し時間をかけて丁寧に教えるべきだが、心の余裕が欠如している。
                     最後まで粘っていた弟のケヴィンが膝をついて、ようやくオレは剣を下ろした。
                    「……うちの騎士団を壊滅させる気ですか、兄上」
                     いつの間にか隣へと来ていたマルティンは、死屍累々と転がっている騎士らを眺めながら呟く。
                     首筋の汗を行儀悪くシャツで拭い、息を吐き出す。
                     ひと汗掻いたお蔭か、苛立ちは大分治まっていた。
                     視線を向けた先のマルティンの表情は声の調子と同様に、呆れを多分に含んでいる。
                     大人げない自覚があるので、致し方なしと受け入れた。
                    「お前もどうだ」
                    「遠慮しておきます。私は兄上達と違って貧弱なもので」
                     そう言いながらもマルティンは、それなりに強い。持久力はやや劣るものの、技術ではケヴィンを上回る。
                    「それに、兄上の憂さ晴らしに付き合わされるのは御免です」
                     母上に似た優しげな顔で、飄々と毒を吐く。
                    「お前が稽古を付けろと言ったんだろう」
                    「普段の兄上なら、もっと効率的に分かりやすく指導されると認識しておりましたので」
                     耳が痛いとはこの事だ。
                     きまり悪く、ガキのように外方を向くオレに、マルティンは喉を鳴らして笑った。
                    「それに本来の目的は既に果たしたようですし」
                     そう言ってマルティンは、二階のバルコニーへと視線を向ける。
                     あれほど分かりやすく引き離されたのだから、流石に意図には気付いていた。オレのいない場所でローゼマリー様と話したかったのだろう。
                     オレがローゼマリー様を心から愛しているのは、家族全員に伝わったはず。
                     それを踏まえて、母上とマルティンが心配しているようだというのは顔を見れば分かった。
                     おそらくだが、若く美しいローゼマリー様が、十五も年上のオレに愛想を尽かさないか。
                     もしくは、オレがローゼマリー様に執着するあまり、困らせていやしないか。
                     どちらも聞きたいようで、聞きたくない。
                     オレの想いに応えてくれたローゼマリー様を信じている。しかし同時に、恋や愛を契約や信頼で縛る事が出来ない事も知っていた。
                     ずっと愛してもらえるように努力する事は出来ても、確約はない。
                    「……話してもいないのに分かるのか」
                    「母上の顔を見れば、一目瞭然でしょう」
                     何を馬鹿なことを、と言いたげな視線を寄越される。
                     呆れ半分、非難半分な目から逃れる形で、母上達を見上げた。
                     ここに来た当初は不安そうに曇っていた表情が、いつの間にか晴々としている。ローゼマリー様に向ける微笑みは柔らかく、身内の前でだけ見せるソレだ。
                     完全に憂


                    IP属地:广东来自Android客户端10楼2022-06-12 15:40
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                       完全に憂いが晴れたのだと知り、オレは瞠目する。
                       言葉だけで説明しても不安は完全に消えないだろう。だからまずはオレの気持ちと、ローゼマリー様の人となりを知ってもらおうと思っていた。
                       何度か足を運んで徐々に認めてくれればいいと、そう考えていたのに。
                       ローゼマリー様はいったい、どんな魔法を使ったのか。
                      「私も正直、ほっとしています」
                      「何?」
                      「王家の至宝と呼ばれ、大切に護られている御方が、三十年溜め込んだ兄上の愛情の重さに耐えられるのか心配しておりました。潰されてしまっても、兄上はもう自分の意思ではあの方を手放せないでしょう? ならばオルセイン家で責任をもって、兄上の手の届かない場所へと逃がさなければなりません」
                       マルティンは物騒な話を事も無げに言う。「そうならずに済んで幸いでした」と淡々と語られても怒りは湧かない。寧ろ頼りになる弟がいる事に感謝した。
                      「義姉上は私が思うよりもずっと愛情深く、頼もしい御方のようですね」
                      「!」
                       『義姉上』という言葉につい反応して、肩が軽く揺れる。婚約者なのだから、いずれ家族となる日が来ると分かっていても、言葉にされると戸惑う。気恥ずかしいような、嬉しいような。
                       頬を染めるオレを見て、マルティンは苦笑した。
                      「兄上のそんなお姿を見られる日が来ようとは、思いもしませんでした。どんな魅惑的な美女も可憐な少女も袖にしてきた貴方が、まるで思春期の少年のようではありませんか」
                       からかうというよりも、感心しているかのような口調が余計に居た堪れない心地にさせた。額に手を当てて目を伏せ、そっと息を零す。
                      「……自覚はあるから、そっとしておいてくれ」
                      「右往左往している兄上は面白いですが、貴方に憧れていた身としては複雑ですね。母上の不安を一瞬で払拭できるほど愛されているのですから、もう少しどっしり構えていたら如何ですか?」
                       若い騎士らに嫉妬し、八つ当たりした件についてチクリと刺された。
                       出来るものならとっくに、そうしている。
                       誰彼構わず嫉妬せずとも、ローゼマリー様が好いてくれているのはオレだし、誠実な方なので余所見はしないだろう。分かっていても儘ならない。
                       愛しているからこそ、愛されているからこそ不安になる。
                       今が最高に幸せだから、喪失の恐怖に怯えるのだ。贅沢だと言われればそれまでだが、それが偽らざる本音。
                      「無理だな」
                      「断言しましたね」
                      「永遠の保証なんて何処にもない。だからオレは命が続く限りあの方の傍で、情けなく狼狽えて、愛を請い続けるつもりだ」
                       そうすれば、優しいローゼマリー様はオレを見捨てられないだろうと悪びれずに言えば、マルティンの目が丸く瞠られる。
                       数度瞬いてから、じとりと眇めた。
                      「自ら道化を演じるとは。質が悪い」
                      「なんとでも。一生傍にいて貰う為には何だってするさ」
                      「それでこそオルセイン家の男だ!」
                      「!?」
                       背後から強い力で背を叩かれ、一瞬息が詰まる。
                       軽く咳き込んでいる間に肩に腕を回された。鼓膜を攻撃する声量で呵々と笑っているのは父上だ。
                       反対隣りには、同じく肩を抱かれる形で拘束され、渋面を作るマルティンがいる。
                      「愛する女を繋ぎ止める為なら何でもするのが、ウチの家系だからな!」
                      「大声でとんでもない宣言をするのはお止めください」
                       マルティンの苦言も聞こえていないかのように、父上は機嫌良い様子で、オレとマルティンの肩をバシバシと叩く。地味に、ではなく普通に痛い。
                      「今夜は飲むぞ、息子よ!」
                      「兄上と飲むならオレも! オレも参加するから!」
                       地面に転がっていたケヴィンが起き上がり、元気に手を挙げる。
                       今までの物騒な会話を聞いても慕ってくれる辺り、やはりオルセイン家の男はどこかに問題があるのだろう。
                       父上はオレ達の事も愛してくれているが、一番は母上だと豪語している。
                       涼しい顔をしているマルティンも、婚約者の女性を真綿にくるむように大切にしているそうだ。ケヴィンはほのかに想いを寄せる方が出来たらしい。
                       オルセイン家の男達が表面上だけでもまともでいられるのは、愛する人達のお蔭。潰されかねない重い愛情を受け止め、幸せそうに笑ってくれるから。
                       オレ達は、ただの無様で幸せな一人の男でいられるんだ。


                      IP属地:广东来自Android客户端11楼2022-06-12 15:41
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                        転生王女の家族。
                         レオンハルト様のご家族への挨拶を終え、王都へと戻った翌日。
                         馬車移動の疲れが出たのか昼近くまで眠り、鈍く痛む頭を抱えながら起きた。起き抜けの食事は遠慮して、三時に軽食でもと思っていた矢先に、母様からのお誘い。
                         広い庭園の奥、池の傍にあるガゼボで待ち構えていたのは母様だけでなかった。忙しくて中々会えなかった兄様とヨハンがいる事に、私は驚く。
                         公式の場でなく、三人が揃っているのってかなりレアなのでは?
                         昔の母様は兄様を毛嫌いしているように見えたし、兄様もそれを察して近付かなかった。ヨハンの幼少期は育児放棄気味だったし、成長してからはさっさと隣国に留学して帰ってこなかったので、母様との交流なんてほぼ皆無。
                         よく兄様とヨハンを呼び出したなと、私は感心してしまった。
                         ネガティブで素直でない母様が、勇気を振り絞ったのかと思うと込み上げるものがある。
                         母様、頑張ったんだね……。
                         とはいえ話題も思いつかないのか、遠目にも気まずい空気が流れているのが分かる。近付いてくる私の姿を見て、母様が安心したような顔をした。
                         しかし何故かすぐに我に返ったように表情を変え、ツンと澄ます。
                        「おかえりなさい」
                         おや? と思いながらも席に着いたタイミングで、声を掛けられた。
                        「はい。ただいま帰りました」
                        「戻ってきたのは昨夜だと聞きました」
                        「……深夜でしたので、報告は控えました」
                         定型文を返しただけなのに、何で『帰りが遅い』と奥さんに責められる旦那さんみたいな心境になってるんだろう。
                        「あちらのご家族との交流が、さぞ楽しかったのでしょうね」
                        「母様」
                         明らかな嫌味に、眉を顰めたヨハンが諫めるように呼ぶ。
                         母様の嫌味は可愛いツンデレだから、そんな顔しないでいいのに。
                        「はい。皆様は優しい方ばかりで、とても良くしてくださいました」
                        「……あちらのお母様とも仲良くなったの?」
                        「はい」
                        「……そう」
                         自分で話題を振っておきながら、しょんぼりと萎れる。
                         ああ、もう。落ち込むくらいなら言わなきゃいいのに、本当に可愛い人だ。
                        「母様と同じくらい、優しくて素敵な方です」
                        「!」
                         にっこりと笑いかけると、母様の頬がさっと色付く。「あ、あら、そうなの」と吃りながらも平静を装おうとする母様を、ヨハンは信じられないものを見る目で凝視していた。
                         ヨハンの母様のイメージは、幼少期の記憶で固定されているだろうから無理もない。
                         かく言う私も数年前まで、高慢でヒステリックだと誤解していたし。実際はとんでもなく不器用で、寂しがりな人だ。
                        「ヨハン。ローゼと義母上はとても仲が良いから、心配しなくていい」
                        「!? 何を言って……」
                         私と母様の遣り取りを微笑ましそうに見守っていた兄様の謎のフォローに、母様は本格的に赤面する。
                         しかし、そこは若干天然が入っている兄様。何がいけないのかと、真面目腐った顔で首を傾げた。
                        「事実でしょう?」
                        「っち、……ええ、仲が良いのは事実よ」
                         反射的に『違う』とツンデレを発揮しそうになった母様は、頑張って飲み込んだ。羞恥に頬を染めながらも頷く様子は、可愛い以外の感想が出ない。
                        「兄様とも普通に接している……? 意味が分からない……」
                         額を押さえて俯いたヨハンが、低い声で独り言を呟く。
                         どうやら情報量が多すぎて、受け止め切れていないらしい。
                         ツンデレ拗らせてはいるものの険悪さのない私との遣り取りに加え、目の敵にしていた兄様とも会話しているのだから、ヨハンの混乱も理解出来る。
                        「姉様……、僕は夢を見ているのでしょうか?」
                         深刻な顔で聞かれ、私は苦笑する。
                        「夢ではないわ」
                         私が笑って答えると、ヨハンは微妙な顔付きになった。
                        「貴方が留学している間に、私達は仲直りしたの。ねぇ? 母様、兄様?」
                         母様と兄様は顔を見合わせる。そして兄様は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、母様はばつが悪いのか少し視線を逸らしながらも、そっと頷いた。
                         仲直りと言っても、分かりやすく謝罪して許された経緯がある訳ではない。
                         でも私が寝込んだ時に鉢合わせしてから、ぎこちないながらも距離は縮まった気がする。どっちも積極的ではないので、あくまで『少しだけ』という注釈がつくけれど。
                         しかしヨハンは納得がいかないのか、冷たい目で母様を見る。
                         睨んでこそいないが、好意の欠片も含まれないソレに母様は怯んだ。
                        「仲直り? 兄様も姉様も、人が良すぎやしませんか」
                        「……ヨハン」
                         


                        IP属地:广东来自Android客户端12楼2022-06-12 15:42
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                           窘める為に呼ぶけれど、責めるのも違うと思ったせいか、思ったよりも困ったような声が出た。
                           放置された私達が、親子関係の修復を諦めたのはかなり昔の話。それこそ子供の頃だ。
                           恨んでも憎んでもいないけれど、ただ血が繋がっているだけの人だと割り切ってしまっているから、今更距離を詰められても困るのだろう。
                           ヨハンの気持ちが分かるから、どう言葉を続けたらいいか悩む。
                           でも同時に、母様がヨハンや兄様に向き合う為に、どれほど勇気を振り絞ったかも分かるから、黙ってもいられない。
                           要は皆好きだから、誰も傷付いて欲しくなかった。
                          「貴方は母様を誤解しているわ。母様は……」
                          「ローゼ」
                           説得しようとしたが、母様にやんわりと制止される。
                          「庇ってくれて、ありがとう。嬉しいわ。でもヨハンの言葉は正しい。そう言われるだけの事を私はしてきたのよ」
                           俯けていた顔を上げ、母様はヨハンを真っ直ぐに見た。
                          「子供の事を何一つ顧みず、自分の主張ばかり押し付けていたわ。まともに愛してもあげられなかったくせに、嫌われる事に怯えて、挙句の果てに逃げ回るような酷い母親でした。……いいえ、今もローゼとクリストフの優しさに甘えるばかりで、何一つ返せていないわ」
                          「……」
                           ヨハンは難しい顔をしているが、母様の言葉を黙って聞いている。
                          「すぐには変われないかもしれない。でも変われるよう努力する事は出来る。もし可能なら、私が踏み外さないよう見張っていてくれたら嬉しいわ」
                          「…………」
                           長い沈黙の後、目を伏せたヨハンは大きく息を吐き出す。
                          「分かりました。これからの貴方を見て、判断します」
                          「ありがとう」
                           母様は嬉しそうに顔を綻ばせる。
                           ハラハラと見守っていた私と兄様も、ほっと安堵した。
                          「姉様と兄様が良いと言うのに、僕だけ怒っていても馬鹿みたいですしね」
                           肩の力が抜けた顔でヨハンは私に視線を向ける。
                          「それにそんな母様だから、僕は姉様から甘やかしてもらえた。そう考えると感謝すらしています」
                           満面の笑みで言われて、ちょっと複雑な気持ちになった。
                           そんな事を言われては母様の立場がないのでは、と思ったけれど、当の本人は同調するように頷いている。
                          「ローゼは私よりもよほど大人だわ」
                           そう言った後、母様は少しだけ寂しそうに笑った。
                          「……でも情けない母親のままでは、ローゼが安心してお嫁にいけないものね」
                          「……母様」
                          「!」
                           まさかそんな事を考えていたとは、と感動する私と違い、兄様とヨハンはハッと何かに気付いたかのような顔で固まる。
                           母様はそんな二人を見て、呆れたように眉を下げた。
                          「貴方達、『その手があったか』なんて思っていないわよね?」
                          「まさか」
                          「……」
                           母様の言葉を、ヨハンはにっこりと笑って否定する。
                           兄様はそっと視線を逸らした。
                           気安い会話に、私は嬉しくなる。
                           もうすぐ結婚して物理的には距離が離れてしまうのは寂しいけれど、もう大丈夫。離れても私達は家族だ。


                          IP属地:广东来自Android客户端13楼2022-06-12 15:43
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                            転生王女の結婚。
                            「お美しいです……」
                             鏡越しに目が合った女性は、熱い吐息を零しながら賛辞をくれた。
                            「ありがとう」
                             照れくささを感じながら、鏡の中の自分を見つめる。
                             シミのない白い肌に薄く色付いた頬、蒼い瞳を縁どる睫毛は長く、くるりと曲線を描く。綺麗な形に整えられた眉、陰影を作るブラウンのアイシャドウ。リップは血色を良く見せる明るいコーラルピンク。
                             王城の侍女達の技術をこれでもかと発揮したブライダルメイクは、素晴らしい仕上がりだった。
                             いつも鏡で見る自分よりずっと綺麗に見える。改めて、私って母様の娘なんだなって実感できた。
                            「お手をどうぞ」
                             手を借りて、ドレスを崩さないよう気を付けながら椅子からゆっくり立ち上がる。
                             王都でも人気の高い仕立屋で、二年かけて制作されたのは純白のウエディングドレス。殆ど体が空かない私に代わり、母様が主体となって取り仕切ってくれた。
                             私の好みをちゃんと聞いて、デザインに反映してくれた母様には心の底から感謝している。
                             全体はAライン。主流はパニエを沢山重ねたプリンセスラインらしいけれど、敢えてシンプルなシルエットに仕上げてもらった。
                             ビスチェタイプのシルク素材のドレスの上にハイネック丈のレースを重ねているので、デコルテや腕はうっすらと肌が透ける。けれど全く下品に見えないのは、職人が手掛けたレースの美しさによるものだろう。首元から手首まで覆うソレは、雪の結晶に似た幾何学模様が緻密に描かれていた。
                             胸元には小さなくるみボタンが並び、清楚な印象を与える。
                             トレーンは少し長めで、ふわりと広がる様は美しい。
                             私の『好き』をぎゅっと集めたようなドレスで、結婚式を迎えられるのかと思うと自然と顔が綻ぶ。
                            「どこか不具合はございませんか?」
                            「ないわ」
                             そっと腕を持ち上げ、体を捻ってみても、引っ掛かりはない。
                             十五歳から十七歳という成長期の真っ只中で、何度も採寸と調整を繰り返させてしまっただけあって、全てがぴったり。首、胸、ウエストのサイズ、腰の位置まで全て、きちんと私仕様。
                            「こんなにもお美しい花嫁様は、見た事がありません」
                            「まるで花の女神様のよう……。オルセイン騎士団長様は、国一番の幸せ者ですね」
                             今日の主役とあってか、皆が口々に誉め称そやす。
                             恥ずかしいけれど、有難い。今日は自信を持って、レオンハルト様の隣に立ちたいと思っていたから。
                             綺麗だって、レオンハルト様も思ってくれるかな……?
                             もうすぐ旦那様となる人の顔を思い浮かべ、そっと頬を赤らめる。
                             一人でにまにまと笑み崩れていると、扉が控え目に鳴った。侍女の一人が応対し、「王妃陛下がお見えです」と私に取り次ぐ。
                             入ってもらうよう促すと、いつもより更に麗しい母様が現れた。
                             私を見た母様は立ち止まり、感極まったような表情になる。
                            「綺麗よ、ローゼ」
                             うっとりと告げられた言葉に、思わずはにかむ。
                            「母様のお蔭です」
                            「娘の役に立てたのなら良かったわ」
                             母様はそう言って、嬉しそうに目を細める。
                             それからお付きの侍女を呼んだ。恭しい手付きで侍女が持ってきたのはティアラ。ベルベットの上に鎮座するそれは、決して派手ではないものの、一目で高価と分かる。
                             惜しげもなく散りばめられた宝石一つ一つの透明度が高く、上質。中央に配置されたサファイアは一際大きく、美しく輝く。
                            「貴方のお祖母様が、結婚式で付けたティアラよ」
                            「お祖母様の……」
                             絵画でしか見た事がないけれど、品の良さそうな美人だった。
                            「貴方が使ってくれたら、きっとお祖母様も喜ぶわ」
                            「ありがとうございます」
                             国宝級のティアラを付けるのは少し怖いけれど、有難く使わせてもらおう。
                             腰まで伸びた長い髪は、襟足の辺りでローシニヨンに結ってもらってある。
                             ティアラで留めたベールは、縁の部分に細かく花の刺繍が施されたコードレース。
                             少し背伸びした大人っぽいコーデは、ちゃんと私に似合っているだろうか。
                             年を重ねて、どんどん魅力的になっているレオンハルト様の隣に並んでも、不自然でないと良いなと願う。
                            「入るぞ」
                             鏡の中の自分を見つめていると、再び扉が鳴る。
                             尊大な声と共に入ってきたのは父様だった。許可してから入ってほしいと呆れたが、言っても無駄か。
                            「淑女が支度をしている部屋に、応答も待たずに踏み込むなんて……」


                            IP属地:广东来自Android客户端14楼2022-06-12 15:44
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                              267
                              ※二話連続更新ですので、お気をつけください。
                              転生王女の結婚。(2)
                               あれから大変だった。
                               メイクを直そうにも、目元が腫れてしまっているのでまず冷やす必要があった。どうにか赤みが引いた頃には目の充血も落ち着き、ようやくメイク直し。余裕を持って組まれていたスケジュールは既に押し気味だったが、プロ根性を発揮した侍女の皆さんが総出で取り掛かり、どうにか間に合わせてくれた。感謝しかない。
                               どうやら両親の後に色んな人が会いに来てくれたらしいけれど、申し訳ないが断るしかない。兄様とヨハンが事のあらましを聞き、父様を遠回しに責めていたと、付き添ってくれた母様が教えてくれた。
                               でも父様はノーダメージだろう。どこ吹く風と聞き流している様子が、容易に想像出来た。
                               それから今日に合わせて召喚された花音ちゃんも、到着しているらしい。
                               私の結婚式に、本当に出席してもらえるなんて夢のようだ。きっと、凄く綺麗になっているんだろうな。
                               会いたいけれど、会ったらまた泣いちゃいそうなので、式の後にゆっくり話をしたいと思う。
                               時間が来て、式場へと向かう。
                               入口付近で待っていたのは、子供が二人。華やかなドレスで着飾った十歳前後の女の子達は、ぎこちなく礼をする。初々しさがとても可愛らしい。
                               長く伸びたウェディングドレスの裾は、介添人から子供達へと受け渡される。地球だとトレーンベアラー、もしくはベールガールと呼ぶ役割だ。
                               肩越しに振り返って様子を窺うと、かなり緊張しているのか、子供達の表情は硬い。特に一人は顔色が悪く、このままでは倒れてしまうのではと心配になる。
                               じっと見つめていると一人と目が合った。
                               まんまるになった目が、数度瞬く。その子の様子に気付いたのか、もう一人も顔を上げる。蒼褪めて強張っていた顔が、同じく驚き顔になった。
                               こっそりと寄り目の変顔を披露すると、同時に吹き出す。何事かと介添人達の視線が子供達に向いているうちに、唇に人差し指を当てて『内緒ね』とジェスチャーすると、満面の笑みで頷いた。
                               よしよし、一生に一度の晴れ舞台でやらかした甲斐があった。
                               花嫁がこんな事をしているんだから、ちょっとくらい失敗しても大丈夫だって伝わっただろう。
                              「お時間です」
                               重厚な両開き扉の脇に立つ騎士二人が、同時にノブに手をかける。
                               ギィ、と重く軋む音と共に扉が開き、眩い光が差し込んだ。
                               等間隔に並ぶ大理石の柱と、アーケード状になった高い天井。高窓には青ベースのステンドグラスが嵌っており、太陽の光を受けて美しく輝く。高い位置の壁には天使、トリフォリウムにはアーチ状の彫刻が施され、見る者の目を楽しませる。
                               長く伸びる主身廊の両脇には招待客が並び、扉が開くと一斉に視線が集まった。
                               ウエディングアイルを、ゆっくりと進む。
                               一人一人の顔を確認する余裕はないけれど、花音ちゃんがいるのはチラリと見えた。アイボリーのドレスに身を包んだ彼女は、長く伸びた髪を編み込みでハーフアップにしている。可憐さはそのままで、美しい女性へと成長していた。
                               やばい、鼻の奥がツンとする。顔見ただけで、やっぱり泣きそう。
                               どうにか涙の衝動をやり過ごし、前へと集中する。
                               前方中央に据え置かれた祭壇の前には、白い祭服に金のストラを掛けた三人の司祭。中央に立つ大司教様はミトラに似た背の高い帽子を着用している。
                               そして彼等の前に立つ人の姿を視界にいれた瞬間、息が止まる。
                              「……!」
                               身に纏うのは、近衛騎士団の礼服。
                               上衣は紺の生地に金糸の刺繍。丈はいつもの団服よりも短い。赤いサッシュを斜めに掛け、胸元は数多くの勲章が彩る。
                               その上から羽織っているのは、ペリースと呼ばれるマント。上衣と揃えの紺に金の刺繍、長い裾には金と赤の縁取り、首回りには豪奢なファー。
                               トラウザーズは白で、ブーツは黒。こちらも金縁で装飾されている。
                               いつもは下ろしている前髪を後ろに流しているので、ストイックな印象を受けるのに、何故か壮絶に色っぽい。
                               三十二歳となっても、精悍な美貌は一向に衰えを見せず。寧ろ、落ち着いた色気が加わり、より魅力的になっている。
                               か、恰好良い……‼
                               正装のレオンハルト様があまりにも素敵過ぎて、私は卒倒しそうになる。
                               膝から崩れ落ちなかったのを誰か誉めてほしい。そんな花嫁見たら子供達のトラウマになるだろうから、頑張った。
                               レオンハルト様はいつだってイケメンだけど、今日はいつにも増して輝いている気がする。正直、直視出来ない。


                              IP属地:广东来自Android客户端16楼2022-06-12 15:46
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