「いえ。私の魔術で空間をつなげてしまえばすぐにでも攻め入ることが可能です。それも、中枢である首都に直接です」
「バカな。そんなことなどできるわけがない。大言も大概にすることだ」
「これは、私の力を侮られては困りますね。まあ、すぐにそれは目の当たりにすることになるでしょうが」
「……本当なのか」
ムーラの問いかけに、リシャバームは「ええ」と言って頷く。
だが、その自信に満ちた言いようには、いまだ疑問が残る。
そんなことができるのなら、何故これまで使わなかったのか、と。
……いや、不要になった魔族どもに消耗を課して、減らしやすくしていたのだろう。
それはわかる。わかるのだが、やはり腑に落ちない部分もある。
やり方があまりにも回りくどいのだ。そんな力があるなら、そんなことをせずとも、もっと早く人間の国を攻め落とすことができたはずだ。
敢えてそれをしなかったことに、何かしらの思惑を感じずにはいられない。
「……リシャバーム、貴様の目的はなんだ」
「目的ですか。人間の国の一つを攻め落とすことですよ。それはナクシャトラ様も望むことだ。そうでしょう?」
「そうではない」
「それ以外に何があるというのですか? 私は、人間を滅ぼすために尽力しているつもりですが」
「…………」
確かにそうだ。我らが魔族の大望である『邪神の悲願を叶えるために、人間をこの世から一人残らず滅ぼし尽くす』というものだ。そのために、国という団結を崩しにかかるのは、当然の動きだと言えよう。
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、何か別の思惑があるように思えて仕方がない。無論それは、自分たちに不利をもたらすようなものではないと理解しているが、それでもこの男の考えは、終局的な破滅を宿しているようでやけに気味が悪かった。
人間の破滅ではなく、まるですべての破滅を予期させるような、そんな気さえ起きてくる。
「そうやって敵意を向けられては困ります」
「ならばその胡散臭い演技をするのをいますぐやめろ。虫唾が走る」
「では仕方ありませんね。貴女の敵意は我慢しましょう」
ムーラはリシャバームの玩弄するような物言いに対し、さらに敵意を強める。
ほぼ殺意に等しくなったそれに、しかしリシャバームはどこ吹く風か。微笑ましいものでも見ているかのように笑・み・を・穏・や・か・に・浮かべている。
「よくもそこまで余裕でいられる。あの魔族をけしかければよいとでも考えているのか?」
「いいえ。いまの貴女では、私を脅かすにはいささか足りないと思いまして」
「私に貴様が殺せないとでも?」
「ええ。私の場合ただ殺すのではなく、殺・し・切・る・必要がありますから」
リシャバームはそう言うと、何が面白かったのか不気味な忍び笑いを漏らす。
「殺し切る、だと?」
「ええ。その通り」
そして、やけに勿体付けた様子で、こう騙り始める。
「――魔術師は一度や二度殺された程度では、死ぬようなものではない、ということですよ」
その言葉の意味は、一体なんなのか。物言いではない。
「ではなにか? 貴様は死なぬとでもいうのか?」
「いえいえ、決して死なないというわけではありません。ですが、殺しにくいものであるということは間違いないでしょうね」
「…………」
「私の存在を許せぬと言うのなら、いまの言葉をよく覚えておくとよいでしょう」
……そう、この男の不気味さの根源はこれにある。得体の知れない万能感。こちらが及ばぬ独自の常識。共通しない共通言語。あまりに不鮮明で、底が見えない。大海に手を突っ込んで、浅い部分をまさぐって何があるのか調べているような、そんな無為や途方もなさを感じさせる。
ムーラはリシャバームから視線を魔族へと移す。
「……来い」
そう一言告げると、リシャバームの作った魔族は従順なのか、付いてくる素振りを見せる。
それを見たリシャバームが、笑顔を作った。
にこやかで、やけに胡散臭い笑み。裏に一つも二つも隠していると公言し、それを見た相手の反応を面白がっているような、そんな不遜さがそこにはあった。
「行ってらっしゃいませ。戦果を期待します」
「……貴様に言われずとも」
やがてムーラが室内を辞したあと、リシャバームの呟きが室内に響く。
「バカな。そんなことなどできるわけがない。大言も大概にすることだ」
「これは、私の力を侮られては困りますね。まあ、すぐにそれは目の当たりにすることになるでしょうが」
「……本当なのか」
ムーラの問いかけに、リシャバームは「ええ」と言って頷く。
だが、その自信に満ちた言いようには、いまだ疑問が残る。
そんなことができるのなら、何故これまで使わなかったのか、と。
……いや、不要になった魔族どもに消耗を課して、減らしやすくしていたのだろう。
それはわかる。わかるのだが、やはり腑に落ちない部分もある。
やり方があまりにも回りくどいのだ。そんな力があるなら、そんなことをせずとも、もっと早く人間の国を攻め落とすことができたはずだ。
敢えてそれをしなかったことに、何かしらの思惑を感じずにはいられない。
「……リシャバーム、貴様の目的はなんだ」
「目的ですか。人間の国の一つを攻め落とすことですよ。それはナクシャトラ様も望むことだ。そうでしょう?」
「そうではない」
「それ以外に何があるというのですか? 私は、人間を滅ぼすために尽力しているつもりですが」
「…………」
確かにそうだ。我らが魔族の大望である『邪神の悲願を叶えるために、人間をこの世から一人残らず滅ぼし尽くす』というものだ。そのために、国という団結を崩しにかかるのは、当然の動きだと言えよう。
間違ってはいない。間違ってはいないのだが、何か別の思惑があるように思えて仕方がない。無論それは、自分たちに不利をもたらすようなものではないと理解しているが、それでもこの男の考えは、終局的な破滅を宿しているようでやけに気味が悪かった。
人間の破滅ではなく、まるですべての破滅を予期させるような、そんな気さえ起きてくる。
「そうやって敵意を向けられては困ります」
「ならばその胡散臭い演技をするのをいますぐやめろ。虫唾が走る」
「では仕方ありませんね。貴女の敵意は我慢しましょう」
ムーラはリシャバームの玩弄するような物言いに対し、さらに敵意を強める。
ほぼ殺意に等しくなったそれに、しかしリシャバームはどこ吹く風か。微笑ましいものでも見ているかのように笑・み・を・穏・や・か・に・浮かべている。
「よくもそこまで余裕でいられる。あの魔族をけしかければよいとでも考えているのか?」
「いいえ。いまの貴女では、私を脅かすにはいささか足りないと思いまして」
「私に貴様が殺せないとでも?」
「ええ。私の場合ただ殺すのではなく、殺・し・切・る・必要がありますから」
リシャバームはそう言うと、何が面白かったのか不気味な忍び笑いを漏らす。
「殺し切る、だと?」
「ええ。その通り」
そして、やけに勿体付けた様子で、こう騙り始める。
「――魔術師は一度や二度殺された程度では、死ぬようなものではない、ということですよ」
その言葉の意味は、一体なんなのか。物言いではない。
「ではなにか? 貴様は死なぬとでもいうのか?」
「いえいえ、決して死なないというわけではありません。ですが、殺しにくいものであるということは間違いないでしょうね」
「…………」
「私の存在を許せぬと言うのなら、いまの言葉をよく覚えておくとよいでしょう」
……そう、この男の不気味さの根源はこれにある。得体の知れない万能感。こちらが及ばぬ独自の常識。共通しない共通言語。あまりに不鮮明で、底が見えない。大海に手を突っ込んで、浅い部分をまさぐって何があるのか調べているような、そんな無為や途方もなさを感じさせる。
ムーラはリシャバームから視線を魔族へと移す。
「……来い」
そう一言告げると、リシャバームの作った魔族は従順なのか、付いてくる素振りを見せる。
それを見たリシャバームが、笑顔を作った。
にこやかで、やけに胡散臭い笑み。裏に一つも二つも隠していると公言し、それを見た相手の反応を面白がっているような、そんな不遜さがそこにはあった。
「行ってらっしゃいませ。戦果を期待します」
「……貴様に言われずとも」
やがてムーラが室内を辞したあと、リシャバームの呟きが室内に響く。